第29回 炭疽菌の話


1.炭疽病は昔からよく知られている病気
 炭疽病は、炭疽菌というバイ菌に感染して生じる病気です。炭疽菌は古くから研究されている病原体です。ですから炭疽病はたしかに恐い病気ですが、決して奇病や難病という訳ではなく、治療法も確立されています。

2.炭疽菌とは
 長さ5〜10ミクロン(1ミクロンは1mmの1/1000)の細長いバイ菌です。芽胞という一種の胞子で増殖するのが特徴です。日頃は土壌の中にいますが、干ばつ、洪水、長雨などの異常気象のあと、土中の芽胞が土表面に現れ、気温に温められた泥の中で増殖します。炭疽菌はいったん芽胞を作ると長い間(少なくとも数十年)栄養素がない状態で土壌や動物製品などに存在する事が可能です。

3.分布、発生数
 日本では1973年まで散発していましたが現在ではほとんど見られません。しかし海外ではアジア、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと全世界で今でも人畜共通の地方病として発生が見られます。アメリカやカナダではバッファローの発生で見られます。またトルコ−パキスタン間は炭疽ベルトと言われ、年間数百人の患者が発生しています。

4.病型、症状
 菌の侵入部位により、皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽の3つのタイプに分けられます。始めに侵入部位の症状が出ますが、続いて体内で菌が増殖して全身に巡り、全身症状が出現します。これを敗血症といいます。
 @皮膚炭疽:自然に起こる炭疽病の大部分(95%)はこのタイプです。切り傷や擦り傷から炭疽菌が入り込み、最後には敗血症になります。この間に適切な治療が行われなければ死に至ります。しかし適切な処置を施せば死亡率は1%以下です。菌の侵入した局所には、数日で小さな赤紫色の腫れを生じ、次にその腫れを囲むように水疱が出来ます。5〜7日で潰瘍が生じ中央部に黒褐色の痂皮(カサブタ)が生じます。
 A腸炭疽:炭疽菌に汚染された食物や飲み物を摂取する事により発生します。例えば病死した動物を食べた場合などです。菌が胃腸の粘膜を経由して体内に侵入して来るので、嘔吐、腹痛、吐血、下血、腹水など胃腸の症状が出ます。菌が全身に回り敗血症となれば生命が危険です。
 B肺炭疽:炭疽菌を大量に肺に吸い込むことにより発症します。呼吸器を通じて菌が体内に入りこむのですから、セキやノド痛といったカゼのような症状が出ます。そして肺から侵入した菌が、あっという間に増殖して敗血症を起します。自然状態ではこのタイプの感染は極めてまれですが、以下に書きます様に菌を加工すれば話は別です。

5.兵器としての炭疽菌
 自然状態の炭疽菌を加工して細菌兵器として使われる事があります。これが今回問題になっている事態です。芽胞がバラバラになるように加工しますと、空中をただよい、人に吸い込まれ易くなるのです。そして肺炭疽を起こすのです。
 米国の事件では白い粉が郵便物に同封されていました。一説によると純粋な菌だと耳掻き1杯分でも非常に大量であり、これを扱い易くするため増量剤として粉を加えたのではないか、という事です。 

6.実際の対処は
 郵便物に同封された粉を簡単に見分ける方法はありません。炭疽菌は乾燥した封筒の中でも長期間、生き残ります。この粉に炭疽菌が含まれているかどうかは精密検査してみなければ分かりません。では実際にどうすれば良いのか。
 不審な郵便物を見かけたら、振ったり開けたりせずにポリ袋に入れてしまう事です。そして手をセッケンで洗います。もし菌が手についてもこれでほとんどは洗い流せます。
 またもし開封してしまったら、こぼれた中身はすぐに何かで覆い、衣服にかかった場合は脱ぎポリ袋に入れます。菌が飛び散るのを防ぐために扇風機や空調を止め、出来るだけ早く部屋を離れシャワーを浴びます。警察に通報し、落ち着いて病院で治療を受けます。
 なお素人判断で勝手に抗生物質をのむと、検査で菌が検出されなく場合があるので要注意です。また肺炭疽を起こすには数万個の芽胞が体内に入ることが必要ですが、市販のマスクをするだけで大量に吸い込むことは防げる、と言われています。