益体もない道楽話

贅沢な漬物

「俺から行くぜ
 江戸時代、大通たちが回り持ちで美味いもの食べようと言う会を開いた。いずれも大店の主人ばかり。金に糸目をつけず全国から美味いものを集めた。
 鯛なら目玉とわき腹一寸四方、肝に白子、若狭春鯖のなれ鮨、生き烏賊白味噌漬、若鮎の三枚おろしの洗い、金沢のごり、伊勢の海老、鹿や鴨の肉などなど、
 ある店の主人の番になった。この主人は大通の中の大通と言われているだけに皆、期待して集まった。
 ところが客達の膳の横に茄子の植木鉢が置いてあるだけ趣向も何もない。料理も別に変わったものでなく普通の懐石。
 失望した皆の前に、最後にご飯が出てきた。小皿に醤油だけ入っていて漬物がない。給仕のものが言った。"どうぞ植木の茄子をもいで召し上がってください"
 生の茄子を食えとは失礼なと思いつつ客はもいでみて驚いた。その茄子は糠味噌漬だった。茄子が畑にある頃から毎日糠味噌を塗り油紙で包んで1週間続けたものと言う。
 まさに"生きた糠味噌漬"この趣向にはさすがと感心したと言う話。どうだいなもんだね」


高価な茶漬

「同じような話があるな。
 ある通人気取りが、有名な料理屋で"ここは大層、珍しいものを食わせると言うんで期待してたが、今まで俺が口にしたものばかっしだ。がっかりしたよ"と嘲笑ったので、店の板前が"それではお茶漬けでも如何ですか?"と薦めた。
 "何だ?茶漬けだと!俺の口に合う茶漬けなんざあるもんか!しかし折角だから食ってみるか"だが、それから待てど暮らせど持ってこない。
 "いってえなんでい、茶漬けなんぞにこんなに時間がかかるんだ"夕暮れまで待たされ、ようやく出てきた。
 "こんなに待たされたんだから、さぞや珍しい茶漬けに違いない"業腹半分、期待半分の客の前に運ばれた茶漬けは茶碗の白飯、土瓶のお茶、キュウリと茄子の漬物。定番の変哲のないもの。
 "ふざけるな!"と怒鳴ったものの、長時間待たされ、のどが渇き,腹が減っている。夢中でかき込んだ。確かに美味いが"珍しくもねえ。ただの茶漬けじゃねえか。のどが渇き、腹が減りゃどんなもんでも美味くならあ!"と毒づいた。
 さて勘定と言う段になり、"茶漬けは3両いただきます"3両といやあ今の金にして、壱両6万円換算で18万円くらいだ。通人気取りは怒ったね。
 そりゃそうだ。茶漬け一杯18万円だ。いまどき銀座のバーでもそんなに取らない。
 しかし店の主人はしれっとしていったね。"お客様は通人でいらっしゃるので満足していただくため、茶を入れる水を求めに、飛脚を走らせ、多摩川の源流の水を汲ませて参りました。それで時間と費用が掛かりました"
 客はしぶしぶ金を払ったという。江戸時代から今でも続いている料理屋で本当にあった話だという。店の"意気地"だな」


"ぼる"と水に投げ込まれる

ハムラビ法典て知ってるか?」
「世界最古の"法律書"だろ、100年ほど前に出土した」
「メソポタミアを統一した"バビロン第一王朝" (前1728〜1689)"ハムラビ王"が発布した本文282条からなる成文法だ。この刑法は"目には目を"復讐法を原則としている。この108条に面白い事例があってね。"インチキした居酒屋の女将の刑罰"の事が書かれてある。もうこの時代に居酒屋が在ったんだな。
 古代バビロニアの居酒屋では客はビールなどの代金を、大麦で支払う物物交換だ。日本でも終戦後の食糧難の時代、米を何合か持っていかないと旅館に泊めてもらえなかった。
 女将のインチキは大麦とビールの交換比率をチョロマカスことだ。この女将に科された刑罰は"川に投げ込まれる"ことだった。これから108条で、居酒屋の女将がチョロマカシたりすると"水"に投げ込む決まりになった。"水商売には水がつきもの"、とは落語の落ちみたいな話だ。このデンでいくと、銀座のバーのママなんか、ほとんど水に投げ込まれるな」


骨まで飲んだ

「茶漬けといや、惚れた女のお骨を粉にし茶漬けにして飲んでしまった話がある。
 江戸前期、灰屋紹益と言う豪商がいた。この男、女遊びが好きで、井原西鶴(江戸前期の大阪の浮世草紙作者、俳諧師)の{好色一代男}の主人公、世之助のモデルといわれている。
 女遊びに疲れ、その頃全盛を誇っていた花魁の、二代目吉野大夫を身請けし正妻にした。
 大夫は長年の苦労勤めと、病弱だったのでまもなくして死んだ。嘆き悲しんだ紹益は大夫を偲び、その違灰を毎日少しずつ酒や茶漬けに入れ、飲んでしまったという。情があるねえ!」


女房の本音

「この話、上さんにしたら"あんたは私の骨は絶対飲めないわよ"とぬかした。"当たり前だ誰が飲むもんか"と言ったら"そうじゃないわよ。私はあんたより先に死にたくない、あんたが死んでからのんびりしたいもの"とほざいた。色気も情もない」
「それはお前違うよ。上さんの裏返しの愛情表現だよ。お前見たいな半チクな野郎を残して自分が先に死んだら、後どうなるか心配で死にきれないって言ってんだよ」
「そうかな?それ本音じゃないのか。俺の女房がこの間、同窓会に行ったんだ。帰ってから、えらく感激してやがるんで、"どうしたんだ?"って聞いたら"友達はいいわね!年を取って病気したら助け合いましょうね!って約束しあったの""亭主がいるじゃないか"といったら女房の奴"あら!ご主人が死んでからの話よ"だって。亭主が先に死ぬと決めてやがるんだ。」
「何んか身につまされる話だな。もっと明るい話をしょうぜ。そのまえにつまみを頼むか。おれは"天ぬき"
天麩羅の蕎麦ヌキか、ここの芝海老と小柱のかき揚は逸品だな。おれは鴨の合焼き、今、鴨が美味い。だき(胸肉)に塩、胡椒してネギと一緒に網焼きしたもの
おれは穴子巻、卵巻きの芯の煮穴子がいい


女が解る?

「このあいだ面白いアメリカの漫画を見たな。精神病院の中の鉄格子の部屋で初老の男が喚いている。"俺は女の全てがわかったぞ!"それを観察している医者が"未だ駄目だ"と首を振っているんだ」
「そら一生出られないな。女にはソクラテスも孔子も匙を投げたんだから」
ワグナーだったけ?"女性は人生の音楽である。音楽は耳に快い協和音だけから成り立っているわけではない。不協和音も不可欠だ"
「"今鳴いたカラスが笑った"って言うだろう。あれ女のことを言っているらしいな。女の共感能力は感情移入過多。それも表面的なのですぐケロッとして他の話に移れる。それに女は部分で全体を判断する。一回だけでも冷たくすると全て冷たいと判断する
「実体験だな。もっとも、哲学者のヘーゲルも言ってるけどね。"もし女性が政治の頂点に立つとすれば国家は危険に落ち入る。女性は普遍性の要求するところに従いて行動するのではなく偶然性や愛憎、個人的意見にしたがって行動するからである。"
「そらどうかな?彼の時代はそうだったかもしれないが、英国の元首相、サッチャー女史なんか男に出来なかった国家の再建を果たしたからな。女も社会的訓練次第だ」
「しかし、生理的にどうにもならない異質なものがあるよ。亡くなった小説家の有吉佐和子が何んかに書いてたな。
 "口惜しいけど、妊娠している時、小説が書けなかった。小説は抽象的、普遍的作業、それがどうしても出来ない。このときほど女であることを痛感した事はない"てっね」
「確かに、男と女は異質さ。だがこれからは、この異質性をお互いに認識しそれを生かすように共存していかないと結婚も出来ないし、家庭は崩壊する。企業も活力が出ない。なんだか堅い話になったな」


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