『ヘンリ・ライクロフトの私記』  ギッシング:平井正穂訳 (岩波文庫)

 ジョージ・ギッシング (1857〜1903年)英国 作家 彼の自伝的エッセイ"南イングランドの片田舎に思索の生活を送ったギッシングの,敏感な季節感,繊細な自然観察が美しい文章で綴ってある。

 歳を取ると物忘れが酷くなる。近頃は、これが自然の摂理であり、悲観的になるのはよそうと"老人力がついた"という高齢化社会に相応しい、歓迎すべき言葉が流行っている。

 100年前、ギッシングはその心境を"私記"で鮮やかに描いている。"春"の一節を紹介する。

"私は死ぬまで書物を読んでいくだろう。そして忘れていくだろう.中略.私は読んだものの中で、わずかな断片以上は覚えていることが出来ない。

 それでも私は、たゆまず楽しんで今後も読んでゆくだろう。まさか将来の生活のために学識をつむわけではない。

実際忘れることは私にとってもはや苦にならないのだ。私には過ぎ行く一刻一刻を享受するという幸福が在る。いずれは死すべき人間としてそれ以上何を望むことが出来るのか"

 老いて読書の楽しみに身を委ねる。かく在りたいもの。


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