コミュニケーション、"要にして簡"

「情報時代というけど"過剰"だな。要らない情報が多すぎるよ」
「価値観の多様化という大義名分の下で、なんでもかんでも情報を垂れ流す。"無秩序社会""針小棒大社会"に拍車をかけている」
「メディアの歴史観や大局観の欠如、それに伴い、一喜一憂型の展望、マイナー現象の過大評価や事大主義、じょう舌、シンプルで核心をつく情報が少ない」
情報収集姿勢の3原則"深く読み、深く聞き、深くたたく"などカケラモない。浅薄な情報をやたらに早口でわめき散らしている、」
NHKアナウンス室調査〔、92年〕によると、アナウンサーのニュースを読む速度は"一音一拍として、平均男性アナ・535拍、女性アナ・449拍
 これを、64年当時と比較すると、男性アナで・416拍だというから、いかに現代が忙しくシャベッテいるか解る。
 ニュース.ステーション久米広アナなど767拍というから、聴き手に考える暇も与えない。"軽薄・短絡な内容"でも、これでもかこれでもかと畳み込まれると、催眠状態にかけられたようにその気になってしまう。
 "アンカー"の話す速度は、大体400拍前後が聴き手をリラックスさせるらしね」
「誰かが言っていたな、"日々に騒音をつくりだすのが文明のありようであるなら、文化と言うのは静けさに聞き入ることだ"てね。現代では"静寂" "閑静"なんていう言葉は死語だね。世の中忙しすぎるのかな」
"忙しい"と言う言葉は現代では"誉め言葉"、"おべっか、お世辞"であり"自慢言葉"になっている。
 忙しい、忙しいと言っていれば、自分はこれだけ皆に頼りにされ、認められ、なくてはならないVIPだと自惚れているのだ。
 しかし、"忙"と言う字を分解すると、<リッシン偏>に"亡"となる。つまり"心を亡ぼす"状態を現す文字だ。また"忙"の字を分解して縦に並べると"忘"となる。
 本当に大切なものは何かを忘れる。人を思いやったり、労わったりする時間も心のゆとりもない状態だ。"
 また忙しい忙しいと言っている人ほどケレンみが強くスタンドプレイに多くの時間を費やす。大切なこと、無駄なことの選別能力のない人といっていい。つまり自分の無能さを公言しているみたいなものだ」
「とにかく現代人はしゃべりすぎ、自己主張というより、孤独をいやすため。しゃべっていないと不安なんだな。心のこもらない、空疎で意味のないおしゃべり。
 だが、本当は古語の"君み看よ双眼の色、語らざれば憂いなきに似たり"だ。芥川竜之介が好きで、人に書を頼まれるとよくこの古語を書いたという。
 皆、一見、何の憂いもなく、明るく陽気にしゃべっているが、心の奥底にある本当のことをしゃべっているのではない.。眸の奥を覗いてごらん。哀しみを秘めた暗い影が沈んでいる。
 おれの好きなドイツ語に"ツバイザムカイト"(二人の孤独)という言葉があるが、まさにそれだな」
「若くして亡くなった優秀なジャーナリスト"伊藤肇""たった一言で、生きたくもなり、死にたくもなるそういう言葉が欲しい"とよく言っていたそうだ」
「俺もそう思う!万言をついやなさなくても、本当に心のこもった言葉なら一言でも人は感動する。言葉は"言霊"だからな」
「彼の著書に"帝王学ノート"(PHP研究所刊)がある。
 人生の機微にふれる"味な話、粋な話、ためになる話"を軽快な筆致で捉えたなかなか面白い本だが、その中にこんな話が紹介されている。

世界で最も短い手紙

 ビクトル.ユーゴーが{レ.ミゼブラル}を出版した時、出版社の主人にあてたもので、それはたった一字『?』だった。
 しかし、この『?』には、ユーゴーの無限の思いがこめられている。
 売れ行きは? 世間の反響は? 君の感想は?等々
 これに対する本屋の返事がまたふるっていた。
 『!』の一字だけだった。これがまた万事物語っている"

短くて意味深い手紙

 "昭和47年正月、南極探検隊の昭和基地での越冬生活中、全員をシュントさせたのは、ある隊員の国もとの夫人からきた『アナタ』というたった一語の電文だった。たった一語、千万無量の思いがする。
 これ以上の表現はない"
 "消息は 一行にして ことたらむ 思いは文字に かきがたきかな"
                            (吉井勇)


夫婦の味
 明治の文豪 斎藤緑雨
 『寒い晩だな』 『寒い晩ですね』 夫婦の慰めとはこんなものです。」
「真の思いの表現に万言はいらないな。
 短い手紙では徳川の武将.本田作左衛門の有名な手紙"一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ"がある戦場で書いたらしいが、家長として、親としての気配り、まさに、"要にして簡"だな」
「必要なことを簡単に説明し、相手に理解させるすることは難しい。
 作家の"江国滋"が著書"日本語八ツ当リ"の中で、ある説明文を絶賛している。
 "仁徳天皇を主神とする大阪.高津宮の手水舎(ちょうずや)『手水(ちょうず)の使い方』と書かれた高札が立っている。
  1. まず右手に柄杓(ひしゃく)を持ち左手を洗います。
  2. 次に左手に柄杓を持ち右手を洗います。
  3. 次に右手に柄杓を持ち左手に水を受けて口をすすぎます。
  4. 終わりに右手に柄杓持ち左手をもう一度洗います。


 これほど平明で、これほど過不足のない説明文がまたとあろうか。
 {隅から隅まで、はっきりと行き届いていて、一点曖昧なところがなく、文 字の使い方も正確なら、文法にも誤りがない}<谷崎潤一郎、文章読本>と言う名文の資格をことごとく備えている。
 説明文はかくありたい。
 もう一度いう。易しすぎて、どこが悪い"というもの」
ローマのシ−ザの戦勝報告も"名文"だな」
"WENI、VIDE、VICI"アメリカの煙草"フィリップモリース、マールボーロ"の箱にこの有名なラテン語が書かれている。
 "来た、見た、勝った"クレオパトラを助け、エジプトの内紛をかたづけた遠征の帰り、小アジアで反旗をひるがえしロ−マをてこずらしていたボントス王のオリエント軍を一蹴した時、元老院に送った戦勝報告をまずこの言葉で始めた。
 要点のみで、くだくだしい事など言わないシーザの性格を現している。それでいて人を感動させ、後世の煙草のコピーにまで使われる。
 現代でも通用する卓越したコピーライタだ」


< ききみみずく >