「昔女ありけり」(福本邦夫"選択"2001、1月号)

与謝野鉄幹、晶子の恋歌

「君恋し寝ても醒めてもくろ髪を 梳きても筆の柄をながめても」
「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌栗われも雛罌栗」
「封筒を開けば君の歩み寄るけはい覚ゆるいにしえの文」
「今あらば君が片頬も染めぬべく 山荘の炉の火の燃ゆる時」
  


墓前の歌碑

「知りがたき事もおおかた知りつくし いまなにを見る大空を見る」(鉄幹)
「皐月よし野山のわか葉光満ち 末も終わりもなき世の如く」  (晶子)



戦友別杯の歌 (大木 惇夫)

 云うなかれ、君を別れを、世の常を、生き死にを

 海原のはるけき果てに、今やはたなにをか云わん

 熱き血を捧ぐる者の、大いなる胸を叩けよ

 満月を杯にくだきて、暫し、ただ酔いて勢えよ

 わが征はバタビヤの街、君はバンドンをつけ

 この夕べ、相離るとも、かがやかし南十字を

 いつの夜かまた供にせん

 云うなかれ、君を、わかれを

 見よ、空と水うつところ、黙々と雲は行き、雲は行けるを




中桐雅夫の詩

新年は、死んだ人をしのぶためにある/心の優しいものが先に死ぬのはなぜか/おのれだけが生き残っているのはなぜかと問うためだ、/でなければ、どうして朝から酒を飲んでいられる?/
人をしのんでいると、独り言が独り言でなくなる、/きょうはきのうに、きのうはあすになる、/どんな小さなものでも、眼の前のものを愛したくなる、/でなければ、どうしてこの一年を生きていける?
(きのうはあすへ)詩潮社、詩集



やせた心

 老い先短くなると気も短くなる/このごろはすぐ腹が立つようになってきた/  腕時計のバンドもゆるくなってしまった/おのれの心がやせた証拠かもしれ ぬ。
 酒がやたらあまくなった/学問にも商売にも品がなくなってきた/昔は資本家が労働者の首をしめたが/今はめいめいが自分の首をしめている
 おのれだけ正しいと思っている若者が多い/学生に色目を使う芸者のような教授が多い/美しいイメージを作っているだけの詩人でも/二流の批評家がせっせっとほめてくれる
 戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は/おれは絶対風雅の道を行かぬ
筑摩書房 「美酒すこし」中桐文子





百九十米ほど

まっ直ぐ跳んでみたい



かねがね思っていた石がいた


しかし

跳ばないで

そこにいた


いまも

そこにいる


天野忠 「讚め歌抄」編集工房ノア



「人間長生きせな損や、長生きするには全力投球やのうて、のらりくらりと生きることです。私らみたいに手抜きせなあかん」

「人間年を取ると衰えたり、ボケたりする。それは仕方がないけど、怖いのはそれが自分にわからんこと、自分は変わらないといつまでも思っていること」

天野忠



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