うま手、手当は健康の元

 京言葉に“うま手”と言う言葉がある。味付けのうまい人のことである。
この元は鮨やおにぎりなど手で握るものの味の良さを称えた言葉。

 なぜ手で握るとうまいのか?
 人間の手のひらからは目に見えない一種の微分子体が噴出していてその作用によるものだ。
 人間の手のひらの下方と指の先端には、解剖学者マイネルの発見した平均108個のマイネル小体というものがある。
 その突端からは振動と爆発音を発しながら酸素を含んだ酵素を噴出している。
 この酵素がおにぎりや、にぎり鮨の表面に作用してうまみを作る。ちょうど、唾液の中酵素が米や麦のような澱粉質を麦芽糖からブドウ糖にまで分解し、口の中で水飴から甘酒を作ると同じ作用である。


欧米人がキッスゥを好むのは唾液の甘さに惹かれるからである?

人間細胞の生活機能が円滑に行なわれているのは、この酵素による調節のおかげである。

“手当”という言葉は、この酵素が噴出している手のひらを患部に当てると、病気が治ったことから、文字通り“手当が良かったので早く治った”ことから由来している。
あらゆる宗教ではその象徴を礼拝する場合には合掌するという習性がある。
合掌という形式は人間の精神が統一され謙虚になりきったときに自然に現れる形である。
 両の掌を合わせたとき、マイネル小からの酵素の噴出は一番盛んになる。
合掌は精神統一に役立つばかりでなく、両手の掌から噴出する酵素の相互の作用で肉体的に最上に調節される。
 欧米の
握手の風習もお互いの掌を握り合うことによって、酵素の交渉補給をしあって、相互の体のコンでションを最良に整えると云うことから、好意の表明という儀礼にまで発達したのでなかろうか?


掌のない四足の動物は舌から酵素が噴出するらしい。犬でも、猫でも暇さえあれば体を舐める。自分の傷も舐めて治す。子供も、一心になめ回して育てている。
富山房百科文庫 「あまから」抄3 鈴木五郎 一灯園同人


節約遺伝子

 人類は常にえてきた。人類の歴史は食料を巡っての争いの歴史でもある。

食料を求めて民族大移動。豊かさを求めて、貧しい地域からの侵入、対する防衛闘争。飢えから免れるための農業神、豊饒神信仰、それは平和の祈りに通じ、農業神は平和のシンボルァでもあった。

現代、人類の大半は未だ飢餓状態にあるが、先進地域の一部では多様な、有り余る食料を浪費、おそらく人類始まって以来の、飽食の時代を享受している。

そこには、生命の源、食べもの、に恵まれたことへの、敬虔な感謝の念など一欠片もない。

その報いとなって現れているのが「生活習慣病」である。肥満からくる心臓病、糖尿病、痛風、肝臓病、などなど

遺伝学者に云わせると、われわれの体は本来、食糧不足を想定してデザインされていて、食べ過ぎなど考えられていないらしい。
比較的少量のエネルギーで筋肉を動かせる。食べ物が少なくても生き延びられるタイプに造られているのだ。
こうした遺伝的状況や体質が変わらないまま飽食の時代迎えきしみが起きているという。

塩分は、昔は貴重で、給料代わりに塩を貰っていた時代があったくらいで、因みに、給料を「サラリー」というのは、その名残で、ラテン語の塩を意「サルト」からきている。
したがって、人間の体は貴重な塩分をほとんど摂らなくても生きていけるようになっている。それが今、過剰な塩分に晒されて、高血圧、腎臓病の要因になっている。

糖尿病についても、体の中で、飢えに備えて、血糖値を上げるホルモンは多いが、下げるものはほとんどなく、食べ過ぎることを想定していなかった証拠である。
糖尿病は飢えても糖分を効率よく蓄積してきた人類が、突然飽食に出会ってバランスが崩れた現象である。

近頃多い痛風は、尿酸の蓄積によるものだが、霊長類以外の動物では代謝されるのに、霊長類では、代謝されずに尿酸のまま蓄積される。
これは樹上生活をしていた名残である。

樹上生活では、紫外線を強く浴び、癌や老化の原因となる活性酸素が出来やすい。その不活性化には尿酸が有効なところから、蓄積される体質になったと考えられている。
特に、人類は木から降り、洞窟や建物の中で、紫外線を遮り、贅沢な生活をするようになっても、遺伝的体質はそのままで、尿酸が代謝されずに蓄積されてしまい、痛風や結石が起こることになった。

また、多くの哺乳類は体内にビタミンCを合成できるが、なぜか霊長類は合成に関する大事な酵素の遺伝子がなく、ビタミンCが作れない。
森林で暮らしていれば果物が豊富で問題はなかったせいである。

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