そこはかとない男女の会話

バックに五十年代のジャズ、スロー・バラード、リー・ワイリー"ア・ゴースト・オブ・ア・チャンス" が流れるアンチィックな小さなバー、バー、テンダー(見張り人)一人、客・男40代後半、女30台後半

「あら!このカクテル口当たりがいいわね。なんて言うのですか」
「ロングアイルランド、アイスティと言います」
「これこそ女をたらしこむ必殺のカクテルだ。ラム、テキーラ、ジン、ウオッカ、世界の四大リキュールをベースにクアロント、コカコーラを加えレモンをあしらってストローを添える。これがアイスティの味に近いので、知らず知らずうちに飲んでしまい、突然崩れ落ちる。」
「まあ!こんなもの私に飲ませてどうなさるおつもり?」
「どうもしないさ、だけど女であることを忘れまい忘れまいとして飲む酒など美味くないよ。」
「最近の女性の方はお酒が強いので、この程度では効きませんよ。先日など、男性のお客さんが一杯でダウンして、お連れの女性が介抱していらっしゃいました。」
「"石女(うまずめ) "って知っている?」
「子供が産めない女性のことでしょう」
「いや、いくら飲んでも酔わない女のことだ」
「可愛げのない女とおっしゃりたいの?」
「女性の間脳が弱いなど昔の話だね。間脳は運動を司る脳で、飲み過ぎるとこれがやられ足腰が立たなくなる。女性は特に弱いので、未だ正気だと思っているうちに腰から崩れる。男性は上半身から酔い、女性は下半身から酔う。それが付け目だったのだが」
「お酒より、言葉で酔わせて欲しいわ。言葉は"言霊"というでしょう。言葉一つで人の心は揺れ動くの。詩人の"永瀬清子"さんの詩に、"だまして下さい言葉やさしく、よろこばせて下さい暖かい声で"という1節があります。これが女心ですよ」
「永瀬清子か、"諸国の天女"をうたっているね」
「私の好きな詩です。
  "諸国の天女は漁夫や猟人を夫として
  いつも忘れ得ず想っている
  底なき天を翔けた日を
  人の世のたつきのあわれないとなみ
  やすむひまなきあした夕べ
  ………………………………………………
  きずなは地にあこがれは空に
  うつくしい樹林にみちた岸辺や谷間で
  いつか年月のまにまに
  冬過ぎて春来て諸国の天女も老いる"
「家庭に捕らえられた女性の哀しみを象徴した詩?今時、こんな女性いるかな。"奥さんの外さん化"女性は溌剌としているよ。留守番電話の広告にこんなのがあったな。"留守は男の定めです。留守は女の甲斐性です"とね。
佐藤春男のこんな詩、知っている?
  まぼろしは逃げる
  まことは苦い
  女の情けはうそ
  男の恨みはまこと真実
  浮気女に迷はざれ
  他の女にものいうな
「今でも、結婚後、家庭と職場の板ばさみで悩んいる女性が多いわ。男の方はどうしても"妻"を求めるでしょう?魯迅は"女の天性の中に母と娘の性はあるが、妻の性はないそれは強制されたものだ"といっていますね」
「賢明な女は結婚したくないか!尊敬されている女は恋が出来ない。しかし、"幸福とは好きな人、惚れた人を傍らにもっていること"だよ。ヒルティの言葉だけどね」
「だから私、今、幸福だわ」
「……………………………」


1 1975、60歳没、CD"ナイト・イン・マンハッタン"ビング・クロスビー作詞、ヴィクターヤング作曲、片思いの切々たる女心を歌った名盤
2 明治39~平成7年89歳、女性の生の世界を表現、詩集"美しい国、焔について"など


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