「沈黙は

ルネ クレール監督のフランス映画(1946年)の題名
いざというとき、まとまった考えを出すときに、沈黙とか静寂とかは不可欠である。
 IT革命とやらでみんなが電子おしゃべりするようになれば、文学や思想は死に絶えるだろう。あまり評判がよくなかったドイツ、ハノーバー博覧会で意外と人気のあったのは、シーンとしてなにも音の聞こえない館であったという。
文春、2001 2月号、随筆、木村尚三郎「静粛に!」


ローマー帝国爛熟期の警世家ユウェナリス
 「人々は美食を漁り、キルクス(長円形競技場)で演じられる猟奇的なスポーツ(人対人、人対獣、獣対獣の殺し合い)に人生の憂さを忘れ、時のたつのを忘れた。今日のローマー人は、パンと競技場のことしか望まなくなった」
寸言現代人はコンピュタ−の猟奇的ゲームに現を抜かし、憂さを晴らしている。

危機管理
 「内部に不正や悪や矛盾がみちみちていて内部改革志すならば、忍耐しなければならない。それが組織人の義務、納得できないことでも"受忍"の義務がある。」(佐々木淳行) 「さむらいという者はそのお家に留まる限り忍ばねばならぬ」 「体制改革のためには忍耐するのが士道である」 
寸言〜無責任、義務感なき大人に育てられた、すぐ切れる若者、彼らの凶悪犯罪を訳知り顔で擁護する人権やが闊歩している怖い社会の危機管理は自分自身で真剣に考えよう

アメリカは正義か
 「多様性を無視するような一元化された空間は、世界に安心と安全を与えるものではない」 「民主主義の拡大は、主権在民に根ざした各国固有のモデルがあり、各国の社会の必要度合いに応じて実現されるべきである」アメリカの下、画一主義、効率主義、市場原理主義といった価値秩序への批判(選択、イランハタミ大統領)
寸言〜いったいアメリカは何様なのだ!! お節介と傲慢、世界はアメリカのために回る、鼻持ちならぬユニテライズム(一極主義)


効率化
効率化を進めることは、一見、合理的に聞こえるが、複数の判断や行動を試す余裕がなくなるという弊害がある。
米、MIT教授、M・ミンキー
上杉鷹山の改革
 江戸時代の(1751−1822)名君の一人、財政改革、殖産興業、新田開発、倹約奨励などの改革を断行、藩校を建て学問を奨励。

 その治世と治績は、現代でも、先行き見通しがたたず、閉塞状況にある日本経済と企業が見習うことが出きる。
暗殺された"ケネディ大統領"が生前、日本の訪問客と会談していたとき"私の好きな日本人は上杉鷹山です"といって、知らなかった日本人が恥をかいたという話がある。
 予め、日本からの訪問客に備えてレクチャされていたとしても、多くの日本人の中から一人選んだケネディ大統領の見識も優れたものである。

また明治時代、内村鑑三が著書、「代表的日本人」でとりあげた人物は西郷隆盛、日蓮上人、二宮尊徳、中江藤樹、そして上杉鷹山の五人である

 上杉鷹山は謙信以来の名門、米沢藩、関ヶ原の役で、石田三成側に味方したため、これまでの120万石からから30万石に減封され、その後も、15万石に減らされたにもかかわらず、家臣団は120万石当時の6千人がそのまま主君についてきたため、財政が悪化、倒産の危機に見舞われた。

 この瀕死の藩に養子にきて、生え抜きの家中の家臣から冷たい目に晒されながら、不可能とすらいわれた米沢藩の再建を生涯かけて成し遂げた藩主である。

 さらに、追い打ちをかけて、彼の時代は、天明の大飢饉があり、東北各藩では餓死者が道に横たわり、死者の肉まで食らうという話もあった。さらに、活力を失った領地から百姓の"逃散"相次ぐという状況だった。
 藩の過酷な内外の環境の中で、米沢藩だけは餓死者を一人も出さず、逃散者もなく済んだと云うことは、鷹山の政治がいかに整っていたかと云うことを示すものである。
再建の中で鷹山は云っている。"改革するものも、それに従うものも心を一つにして心底、改革をやり抜こうとしなければ成功しない"

企業改革(リストラクチュアリング)もそうであるが、単なるかけごえだけではすまず、企業のトップをはじめ管理職、従業員が一緒にやり抜く根気や努力、忍耐、いわゆる意識(モラル)改革がなければ成功しない。

 米沢藩では最初から天候の不順なのに気がついて、早くも手を打っている。いわゆる危機管理が徹底していた。 藩内では武士も、農民も粥を食べることにし、酒や菓子類に穀物を流用することを禁じ、年来蓄積してきた貯蓄米を出して、困った人々に回し、銭を出して越後、酒田の産地から米穀買い入れ、上下一致、協力して食糧の確保に藩全体が取り組んでいたのである。

鷹山の改革は決して卓越したものではない。
「上下心を一にして、分に応じた暮らし向きをたて、出ずるを制し、入りを図る」という危機脱出の原理原則を迷いなく徹底的に貫き通したことである。

寸評 リストラといえば、単に「切り」することだと曲解、人本主義経営では、市場原理が強力な国際競争に勝ち抜くことは出来ないと強弁、 「デ・ファクトスタンダード」金科玉条にして、首切りになんの痛みを感じず、狂熱を燃やし、ノーブレス・オブリージュ意識の一欠片もない、経営戦略不在、知恵のない経営者には"爪垢の煎じ薬"



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