| ママ |
「いらしゃい」 |
| 客 |
「外は霧がでてきたみたいだよ」 |
| ママ |
「もう秋ですか?すぐ年の暮れですね。おや?喪服ですね。どなたかご不幸ですか?」 |
| 客 |
「親友の告別式の帰りだ。喪服のママはやぼだが、真っ直ぐ家に帰る気がしなくてね、やりきれないんだよ。この歳になるとこたえるね。まったく
"逝く者はかくの如きか、昼夜を舎(す) てず "だね。だけど奴の死に顔,穏やかだったな、ようやく終わったというような、今の世の中、生きているのも大変だからな。羨ましい気がしたよ」 |
| ママ |
「"倖せか、死に果てたるも、年まもるも"ですか」 |
| 客 |
「石田波郷 か、いい句だ。君も俳句をやるんだったね」 |
| ママ |
「聞きかじりですよ。ハイ、マテニー」 |
| 客 |
「おや?えらくドライだね」 |
| ママ |
「ジンのストレートですよ、いいんですよこんな晩は、誰でしたかね"ジンは霧の濃い晩にため息で割って飲む酒だ"といったのは?それにジンは昔から清涼剤を兼ねた精神安定のトランキライザーとして飲まれていましたからね」 |
| 客 |
「ジンの成分、ジュニバ(杜松(ねず) の実)の薬効だね。ジンはオランダ人が発明し、イギリス人が洗練し、そして、カクテルのベースとして、アメリカ人が最高の栄光を与えたといわれるね。そうか、霧の濃いロンドンで悩める人達が、ため息をつきながら一杯のジンに一時の憂を晴らしていたのだな。
加藤楸邨 の句に"死ねば野ざらし,生きていしかば争えリ"とあったな。まあ!俺も元気をだして今しばらくがんばるか。どうも有難う」 |