『酒場談議』

路地裏の一角のバー、カウンター5席、50代のマスター1人だけ、BGMにスローバラードな40年代のジャズが流れている、スタンダードな酒が豊富、

ママ 「いらしゃい」
「外は霧がでてきたみたいだよ」
ママ 「もう秋ですか?すぐ年の暮れですね。おや?喪服ですね。どなたかご不幸ですか?」
「親友の告別式の帰りだ。喪服のママはやぼだが、真っ直ぐ家に帰る気がしなくてね、やりきれないんだよ。この歳になるとこたえるね。まったく
"逝く者はかくの如きか、昼夜を舎(す) てず "だね。だけど奴の死に顔,穏やかだったな、ようやく終わったというような、今の世の中、生きているのも大変だからな。羨ましい気がしたよ」
ママ "倖せか、死に果てたるも、年まもるも"ですか」
「石田波郷 か、いい句だ。君も俳句をやるんだったね」
ママ 「聞きかじりですよ。ハイ、マテニー」
「おや?えらくドライだね」
ママ 「ジンのストレートですよ、いいんですよこんな晩は、誰でしたかね"ジンは霧の濃い晩にため息で割って飲む酒だ"といったのは?それにジンは昔から清涼剤を兼ねた精神安定のトランキライザーとして飲まれていましたからね」
「ジンの成分、ジュニバ(杜松(ねず) の実)の薬効だね。ジンはオランダ人が発明し、イギリス人が洗練し、そして、カクテルのベースとして、アメリカ人が最高の栄光を与えたといわれるね。そうか、霧の濃いロンドンで悩める人達が、ため息をつきながら一杯のジンに一時の憂を晴らしていたのだな。   加藤楸邨 の句に"死ねば野ざらし,生きていしかば争えリ"とあったな。まあ!俺も元気をだして今しばらくがんばるか。どうも有難う」


1 孔子が川のほとりで流れる水を見て述べた言葉、水のようにうつろいゆく人の世を嘆いた
2 1913〜1969 俳壇の鬼才、人間探究派、馬酔木同人、読売文学賞受賞、句集・借命、春嵐など
3 1905〜1997 人間探究派、朝日俳撰者句集・寒雷,山脈など、馬酔木同人、門下、金子兜太


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