| A |
「ここのミルクティは熱くて美味しい」 |
| B |
「紅茶はミルクティだな。うんと濃く入れて砂糖とミルクをタップリ、熱くして飲む
濃密で香りが高い紅茶の飲み方だ」 |
| A |
「一般に紅茶やウ−ロン茶は香りで飲む。緑茶は味で飲む、といわれている。香りで飲むお茶は熱湯をかけると、いっそう高い香りを放つ。紅茶の葉は熱い湯に浸してこそ、蒸れて茶のうまみの成分、色、香りが滲み出る。赤い色は発酵の過程で酸化された"カテキン"の色。
緑茶は発酵させていないから、赤く出ない。お湯の温度が高くなるほどカテキン(渋み)やカフェイン(苦み)の成分が溶け出して不味くなる。
温めの湯で入れと、香気は乏しいが、マイルドな甘みが出て、美味しい。
このうまさは、緑茶の味の主成分"テアニン"だ。
これはアミノ酸の一種、昆布や科学調味料のうまみと一緒、グルタミン酸に属する。緑茶だけが持つ独特の味覚だ。
"水だし玉露"という飲み方がある。"大きめの急須に玉露をタップリ入れ。かき氷か小さな氷の塊を詰め、氷が自然に溶けるるまで二時間ほど待つ。
滲み出たお茶をガラスなどの小さなグラスに入れ、静かに口に含んで舌の上で転ばせるように賞味する"
長く後口に残る芳醇で上品な香味は、まさに緑茶の純粋で自然の味だ。真夏の飲み物として絶品!」 |
| B |
「一般に、喫茶店では紅茶には力を入れてないな。ティーパックに湯を注いで持ってくるだけ。色が薄く、香りなどないに等しい」 |
| A |
「コーヒー、がぶ飲みのアメリカナイズされているんだよ。アメリカ人は紅茶を飲む習慣は希薄。アメリカのレストランで紅茶を注文すると病人か変人かと思われるくらいだ。その点、イギリス人は一日に何杯も飲む」 |
| B |
「アメリカ独立戦争に遠因があるのかな?アメリカ人の紅茶アレルギー」 |
| A |
「ボストン茶会事件か1,773年12月、アメリカ移民が本国イギリスの紅茶に課した重税に反抗して、ボストン港のイギリス船の積荷、紅茶を投げ捨て不買運動を行った。因みに当夜、ボストン市内は紅茶の香りに包まれたと言う。
これを契機にに独立戦争が起こった。それ以来アメリカ人は紅茶嫌いになったと言うのだろ。何か出来すぎた話だな。
アメリカ人も紅茶を飲む。その際、スライスト.レモンを入れるのが一般的。
イギリス人はミルク。紅茶は数種類の葉をミックスして客をもてなす。紅茶のカクテルだな。
アメリカ人が紅茶よりコーヒー好きというのは、ブラジルなどコーヒーの産地が近かったせいじゃないかな。安くて香りの高いコーヒーがいくらでも手に入る。
紅茶の方は、当時、インドや東南アジアから、はるばる船でイギリスに運ばれ、そこで詰替えられてアメリカに運ばれる。またそれが小口に詰替えられ小売される。何回も詰替えられているうちに香りや味など飛んでしまう。当然、高くて不味い紅茶など見向きもしなくなる。
余談だが紅茶に含まれるカフェインは女体の感度を高めると言う説がある。」 |
| B |
「紅茶は緑茶が発酵したものだろ?"インド貿易で緑茶を運ぶ途中、船倉で自然発酵してしまったものが紅茶の始まりまり"と聞いたことがある」 |
| A |
「俗説ではそう言うな。1,600年代にオランダ東インド会社を通じてヨーロッパに紅茶"ブラックティ"が入ってきたことは確かだ。因みに完全発酵したものが紅茶、半発酵したものがウ−ロン茶。世界のお茶の総生産量、80%は紅茶、日本もほとんど輸入に頼っている。
だが、紅茶と緑茶は木の種類が違う。お茶の木は大別すると2種類ある。
"潅木と喬木"だ。
"潅木(低木)"は庭の垣根や人の背丈くらいの高さの木で、緑茶、ウーロン茶用の葉(小葉種)を摘む。
"喬木(高木)"は20m〜30mにもなる。ここから紅茶の葉(大葉種)を摘む。インド、アッサム地方のが有名。いずれも椿科で葉の格好が椿の木に似ている。
お茶の葉の"茶摘み"は"一芯、二葉摘み"といつて、小枝の先端の未だ白い産毛に覆われている芽と、すぐ下の2枚のヤヤ開いた若葉を摘む。
良い紅茶の条件は、細かい芽(ピ−コ)が入っていることだ。ピーコの香りが高いほど良い」 |
| B |
「お茶は人の心をホッとさせるが、茶にまつわる言葉は良くないな。どうしてかな?」 |
| A |
「そう言えばそうだな。"茶化す""茶々を入れる""おちゃらかす""茶番""お茶をひく""お茶を濁す""茶にする""茶を言う"どれも冗談や不真面目なニュアンスだよな。
江戸時代、遊郭では"茶をする"と言ったら、"男女の営み(まぐわい)"をさしたらしい。今でも結納の際、男側が女側に茶の袋を添えると言う風習がどこかの地方にあるそうだから、そこからきているのかも知れないな。
いずれにしても、理由は良くわからないが、お茶を飲むと、ストレスから開放され、冗談を言い合ったり、愉快に会話を楽しめることから俗っぽく連想された言葉。また、堅苦しくて上品な茶道を"茶化す"意味で、ことさら"茶"と言う言葉を貶めたと言うことかもしれないな」 |
| B |
「"めちゃくちゃ"というのもあるな」 |
| A |
「この語源は"芽茶苦茶"からきている。"芽茶"は茶の葉の先端部にある"芽"一本の茎に一つしかない超上級葉だけを集めたお茶。
"茶は三煎して味わう"という言葉がある。
第一煎は"新鮮な芽茶に、ぬるめの湯を注いで、芽茶の甘みを味わう"
第二煎は"少し熱くした湯を注ぎ、お茶の持つタンニンの渋みを味わう"
第三煎は"熱湯を注ぎ、カフェインのもつほろ苦さを味わう"
この茶の飲み方を知らない人間は、折角の芽茶にいきなり熱湯をかけるから、さっきも言ったように、甘さも、渋みも、苦さもごちゃごちゃに出てしまって、風味など飛んでしまい、単に、"にがにがしい味"になってしまう。この状態が"芽茶苦茶"
お茶は人生の味を秘めているな。"甘さ"は人間の未熟な状態、渋み"は経験豊富な中年の魅力、"苦さ"は老年になって知る人生のほろ苦さ」 |
| B |
「そういえば、昔見た、何かの映画の台詞があったな、"人生はお茶の葉と同じだ"てね」 |
| A |
「"現金に体を張れ"だよ。55年、監督スタンリーキュブリック、"出所したばかりの主人公(主役、スターリング.ヘイドン)が"盛りを過ぎると出がらしになってしまう"といって、一世一代の犯罪を目論み、仲間を集めて競馬場の売上金を強奪する話だ。綿密な計画と行動が知的ゲームみたいで面白かった。最後は定石どうり破綻するがね
しかし、お茶は"盛りを過ぎた人生の晩年"にこそ必要なものなじゃないのか?
漢詩に"落日平台の上、春風に茗(めい)を啜るのとき"(老夫婦がバルコニーで夕日を眺め、春風に頬をなぶらせながら、静かに茶を喫する時が、人生の最も幸せな一瞬だ)とある」 |
| B |
「そう言えば、都都逸にもあるぜ。"酒の相手に、話の相手、苦労しとげて、茶の相手"てね。晩年はコーヒーよりお茶が似合う風景だな」 |