「日本建築の良さ」

 西洋の建築は概して権力志向のシンメトリー(左右対称)なものを、いうなれば自然を征服するような形が多い。有名なルーブル宮殿とかベルサイユ宮殿も上から見るとシンメトリーで、どこまで行っても対称である形に圧倒的な力を感じる。
 それに対して日本の建築物の多くは自然に寄り添うように建てられている。庶民は庶民、貴族は貴族の生き方や住まいの中で、自然が建築の中で表現されている。
 素材でも西欧では石を使い、永遠性を表現しようとするが、日本は木造で、時間と共に朽ちていく中の美しさを感じる。

寸言
昔の日本建築は柱一本でも素材の良さを生かして作られる。ものにはそれぞれのあるべき姿がある。人間を集めてチームを作るとき、それぞれのあるべき個性をうまく束ねて仕事をしていくと同じだ。
(建築家 安藤 忠雄)

 「近代建築の三代傑作」

 建築家たちに近代建築の三代傑作を尋ねると、ほぼ全員が“ライト”“ル・コルビジェ”“ミース”の作品を上げた。
 北斎や広重の信奉者、ライト自身日本建築と自らの作品を比べて、“自然に立ち戻るというところに共通点がある。私が生まれる何世紀も前に、日本の文明は自然に回帰していた”と語っている。
“今世紀(20世紀)に生じた最大の変化は、もはや建築が500年も存続することを求められなくなったことだ”と近代建築の一面を喝破している。
(米国、ゴードン・バンシャフト 近代建築の証言)

寸言
 作っては壊し、また作っては壊す。その度毎に、経済波及効果は高まる。敗戦後、日本の経済成長を促進した一つは、爆撃で破壊し尽くされた施設や、建物の新設、復興がある。
 エジプトのピラミドも、中国万里の長城も公共事業による経済波及効果と、労働の失業者対策だったという説もある。
 しかし、手軽に壊すことに麻痺すると、耐震構造の手抜きや見た目は格好良いが、華奢で脆い建物が乱立し
 都会は文字通り砂上の楼閣となる。

 「日本人の非対称の審美眼」

 歴史的に日本人の非対称の審美眼を培ったのは、日本の自然から、山あり谷あり起伏に富み、山並みも遠近で濃淡あるなど複雑に絡み合っている。
(陳舜臣))

寸言
 西洋の建造物は対称性の美を重んじる。石造りが主で、荘重で機能的、厳しい自然に対峙、もしくは抵抗する、人間の力を顕示する。
 日本の建造物は木造、自然と同化もしくは同調、あるいは、その推移と共に移ろう、非対称の儚さ、脆さを象徴する無常の美。
< ききみみずく >  


 日本「間」
 日本間「間」は人間の心を表す。日本建築において、伝統の欄間、床の間など余裕とゆとりの間が失われている。それは日本人の心に、そういった物が失っているのではないか。
(陳舜臣))

寸言
 機能と効率万能の社会ではそんなものはムダ、排除すべきもの。しかし、“ムダの効用”“無用の用”(役に立たないとされているものが、別の意味で非常に大切な役割を果たしていること)を今一度、再検討してみては如何?