青 梨 T

@
「ヤマシロ・モトコです。」
「モトコ、さん?」
「ハイ。あの、味の素の、モトです。」
「 ああ、元素のソ。 」
「ハイ。」
「これはキケンだぞ、こいつは気をつけなきゃ。」
「エ?」
「きみが、もし、うちの料理番組の生コマでもやることになったら、」
「ハイ・・・・」
「だしの素のときに、味の素とやるオソレなきにしもあらず・・・・」
「マァ・・・・。気をつけます。」
「そうだ、これから、ひとに名前をいうときは、スナオのスっていうんだね。」
「スナオのスですか?」
「うん、素直だよ。」
「でも、ちょっと、素直です、なんて・・・・」
「かまわないさ、きみならまず額面どおりだしね。そしていつまでも素直の素であるように・・・・」
「ハ?」


A
「なんども呼んだんだよ。」
「まぁ。」
「きこえなかったの?」
「 エエ。 」
「そうかなぁ。」
「ほんとうよ。」
「思うことあり、か。」
「エ?」
「いっしょに帰りたいな。どっち?」
「特急電車よ。」
「しめた、天神までいっしょに行こう。」
「いいわ。Sさんどこ?」
「ぼくは、六本松。」
「じゃ、ここからバスのほうが?」
「天神からだって、六本松には着くよ。 学校に寄ってもいいし・・・・」
「学校って?」
「西新の・・・・」
「ニシジン、って?」
「西新町。きみ、はじめて?福岡。」
「エエ。」
「きみ、おひる、グリルで、Tさんと話してたろ?」
「エエ、見てたの?」
「見てたわけじゃないけどさ、気をつけたほうがいいってさ。」
「Tさんに?」
「そう。」
「まぁ、なぜ?」
「あの人、毎年、新人アナウンサーに親切なんだって、それも女性に、ね。」
「・・・・」
「どうしたの?」
「・・・・イヤ。」
「・・・・」
「イヤだわ。」
「ふうん・・・・」
「放送局って、そんなこというの?わたし、さっきもいわれたのよ。」
「だれから?」
「Kさんから。」
「ふうん、それは定評があるってことなんじゃないの?」
「いやよ。」
「なんだ、泣きそうな眼して・・・・、元気出せよ。 天神だよ。」


B
「S君、読んでください。」
「ハイ。
あなたの旅のおともにトランキイ。
さわやかな旅をお約束します。」
「S君、タビは?タビのアクセント・・・・」
「 ハイ、タビの・・・・ 」
「そのあとの・・・・」
「タビ、さわやかなタビを・・・・」
「ちがうなぁ。タビは何型?」
「・・・・」
「ヤマシロ君。」
「尾高です。」
「そう、S君、わかった?
タビをお約束します、ビが高くなくっちゃいけない。ところが、助詞「の」につづくときは、タビの、と「の」まで同じ高さになる。」
「じゃ、ぼくは、ある意味では正しかったともいえるわけですね?センセイ。」
「ふうん、きみは、タビをはじめから平板に発音してるからね。それから、センセイっていうのは困るな。ほんとに困るな。」
「じゃ、なんですか?」
「・・・・」
「でも、センセイですよ。」
「ふうん・・・・、先生といえば先生かなぁ・・・・、じき、きみたちと同僚になるわけだし、Wさんではいけないかい?」
「イイですよ、センセイ。」


C
「センセイ。」
「コラ。」
「ゴメンナサイ。」
「 センセイは・・・・、 」
「コラ。」
「Wさんは、おくさまがいらっしゃいますね?」
「うん、・・・・?」
「それでも女性に親切ですか?」
「・・・・」
「いかがですか?」
「ヘンな子だなぁ、きみは。」
「ヘンでしょうか?」
「ああ、すこしヘンかも知れんな。」
「男の方の親切って、危険ですか?」
「いよいよヘンだ。素直なの?」
「・・・・」
「危険でもあるし、危険でもない・・・・」
「なぜ、親切なんですか?」
「それは・・・・、親切にしたいからだ。がつまり、女の人に触れたいんだネ。」
「マァ。」
「イヤ、ソノ、若い女性のフンイキ、やさしさ、あいらしさ、知らずにふりまいてるコケットリィ、稚い母性愛、残酷・・・・に近づきたいんだネ。 ヤレヤレ。」
「なんだか、わかりません。」
「わかっては、かわいくない・・・・」
「でも、センセイは、あまり親切心がないようですけど・・・・?」
「ふうん、それは、若い女性が、こわいからだよ。触れては身がもたない。」
「マァ。」
「勇気ある男は、触れようとするさ。 だが、ぼくは、眼の幸福と淋しさにとどまるネ。」
「・・・・?」
「そうして、きみたちが、きみたちも、何年かたつと、ここを、ぼくたち中年男の眼の前を通りすぎてゆく・・・・きみ、どうぞ体を大切にしてくれたまえ。」
「ハイ。」


D
 おかあさま。
 まだ、たったひとつきしかたっていないのに、もうずいぶん、博多に住んでいるような気がいたします。わたくし、順調に教育期間をすごしております。

 いろんな人がいらして、見るもの聞くもの、みんな珍しくて、わたくし自分のことが大学卒業生だなんて信じられません。まるで、幼稚園から実社会へ出たみたい。
実社会っていえば、先輩のWさん(わたくしたちのアナウンスメントの先生です)から、「実社会なんていうんじゃないよ。きみたちにとって、ここは促成栽培の温室みたいなものだからね」っていわれました。わたくしたち、みんな憤慨しました。

 九月になったら、すこしづつ”声出し”をさせてくださるそうです。それから運がよければ、テレビのCMの”顔出し”も。でも、これはお面がものをいいますから、ダメかも。同期のMさんは、ちょっとジュリア・ロバーツ・タイプなので、化粧品のCMに出られそうかも、といって野心満々です。

 ところで、おかあさまのかねがねのご心配ご無用になさいませ。わたくし、男の子に魅かれませんもの、ちっとも。げんじゅうに見張っていらっしゃるおばさまも拍子ぬけのようですわ。

 「ざっしょのくま」って、いいにくそうでしたけど、土地の人は、ざっしょ、ざっしょ、っていっていますわ。

 おとうさまへよろしく。おとうさま、まだ九州行き、怒っていらっしゃいますか。

ではまた。

もとこ

< 黒井 哲也 >