妻に用事あり <6>

(16)原因判明の記

なんという事だ。ICUより自分の部屋に帰ると、ベンケーシー先生が笑いながら診察に来る。犯人を逮捕した刑事のように晴れ晴れとした顔で。

「これとこれが腹から出てきましたよ」

「なんですか?これ」

医師が手に持っているのは、比較的新しい爪楊枝1本と瓶に入った23個の黒い石である。

「うそ〜」

と女学生のような声を上げた。爪楊枝は長いままで先が尖っている。まだ新しく先はピンと尖っており、真ん中変がすこし黒ずみかけている。

「これが何処にあったんですか?」

「大腸のかべの中に奇麗に突き刺さっていました」

「何で、どうして、誰が入れたんですか」

「それは私が聞きたいことですよ」

「この石は?」

「胆石ですよ」

「こんなに沢山ですか?胆嚢が満員ではなかったですか」

このようにしてみると憩室炎も胆石も本当である。爪楊枝が憩室炎を引き起こしていたのだ。これは怪我だ。
これから人に会ったら怪我で入院したと言おう。
ひょっとしたら癌で

「あいつもそろそろ終わりだな、香典を何時かは出さなくては」

と思っている輩もいるかも知れない。
そして、長くこの不味い拙文の読者はどう思いましたか?
どのようにして爪楊枝が喉を通り、胃を経由し、十二支腸や小腸を通りぬけ、途中下車もせず、大腸にきてしかも壁の中を縫うように入りこんだか推理してください。
自分で飲んだ事を自覚していれば、早い時期に医師に伝え、早い手術で取り出されていますよね。
そして、どうして近代兵器であるスキャナーやレントゲンや腸カメラに映らなかったのでしょうか。?
とんでもない原因で貴重な延べ120日間に亙った入院と絶食の目にあった。
そして、最初の発病の時、医師が腹を強く叩くと、爪楊枝が炎症に刺さり、飛び上がって

「痛い」「痛てえ」を連発したのも理解してくれると思う。



(17)終わりの記

世の中は楽しい。
食い物は美味だ。世の中には美人が多い。いつか言った言葉だ。
今はなんて幸せなんだろう。8ケ月に亙る延べ5回の入退院を繰り返した後で原因がはっきり解明された後の退院ほど素晴らしいものはない。
4月3日から始まって11月末に退院となって、終章を迎えた。
只、後日談がある。
おまけといっても良い。再び女房が腹痛で入院、同じ症状、絶食で治療した。
同じ、腹痛で原因不明で3回の入院である。ひょっとしたら箸でも飲んでいるのでは?
翌年、正月元旦に故郷の氏神様に一家でお参りに行く。
今回は特に祭壇にあがって御祓いをしてもらう。

「一人いくらですか?」

病院では個室の料金を気取って聞かなかった私も、神社では聞く。

「いくらでも結構です。」

「そういわれても、困ったな。まあ、いいか」

と特に1万円を包む。普通は賽銭としては100円しか投げないのだが....
いかに今回の病気で神頼みをしたかが解るというもの。
73kgあった体重も59kgになった。背広を出すとズボンが全然合わない。
さっそく大丸で背広を作った。
退院の翌日から勤務する。
長い闘病生活で運動不足の為、体中が痛い。家に帰るとすぐに

「痛いよ、痛い」

肩や腰をもんで貰う。
会社やパソコン通信仲間や取引先の人と会うと必ず、話題は爪楊枝の話しになる。
そして大抵の人が、あまりにも長く入退院を繰り返しているので

「この人も長くないな」

と思っていたようだ。そして結果を聞き、笑い者にされることすら今は幸せである。
子供の頃から、食べ物で好き嫌いはなかったが、この年になり嫌いなものが出来た。

「爪楊枝は不味いです」



(18)後日談の記

その1 大学時代の友人が退院祝いをしてくれた。ある夜電話が鳴る。

「お前、なにをしているんだ。皆集まっているよ」

「なんなんだ」

「馬鹿、お前の退院祝いだろ。」

「聞いていないのか」

友人の松尾某が幹事となったのはいいけど、秘書にすべて連絡させた為に本人とは打ち合わせ済みと判断。かくして本人抜きの祝いとなりました。
その2 退院して半年経った年の7月のある日、うちの会社の人間と保険会社の支店長 が話している。

「お宅の冨田さん。お元気になりましたか?原因はなんですか?」

「なに、爪楊枝ですか?う〜ん、確かあの人はうちの保険に加入していたっけ。」

ここでコンピュータ

「カシャ、カシャ」

「爪楊枝飲んで内臓を怪我したのだから保険出ます。」

という訳で、大枚の保険が出た。これで女房と二人、香港旅行した。


< とんだ 八郎 >