揖 斐 川 を 走 る
平成10年10月21日、22日に九州テレコム振興センターの「地域情報センター情報交換会」の事業の一環として先進地視察で、岐阜県大垣市を訪ねた。
21日、(財)ソフトピアジャパン、同じ敷地内にある大垣市情報工房、やや離れたところにある岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーを訪れ、梶原岐阜県知事が唱える「情場」の概念に基づいた「岐阜県の高度情報化戦略」について説明を聞き、最新の施設をつぶさに見学した。
元がとれるのかな?採算ベースに乗るのかな?と言ったことは度外視し、日本の情報の中心地を目指した壮大な構想に驚嘆した。
一行20人は、揖斐川の側の大垣フォーラムホテルにチェックインしたあと隣の大衆割烹で懇親会。数人で2次回に行ってホテルに帰ったのが9時半。
アルコールはかなり入っていたが、気分が乗ってきた。シューズ等はいつも携行している。用意をして外に出ると夕方まで降っていた雨も上がり星空が広がっている。フロントもらった地図では距離が分からない。時計は半年くらい前に故障したあと、持たずに何とか過ごしている。
ホテルの前を東に進むとすぐに揖斐大橋に出た。標識に「↑岐阜13km、→南濃21km、←揖斐川17km」とある。土手を下流に走り適当なところから折り返すことにした。
土手の上は2車線の立派な道路になっているが、路肩に余裕がなく大型車が通るときは避けなければいけない。星明かりで明るさは十分である。前方を新幹線らしい長い明かりが右に左に通過している。黒い樹木の間、車の灯が映える川面がのぞいている。
オリオン座が東の地平線から最後の片足を抜こうとしている。カシオペア座は、いつもはっきりと分かる。北極星を挟んでカシオペアの反対側にある北斗七星は町の灯に溶け込んでいる。
やがて大きな橋(大垣大橋)の下を潜る。対岸に渡るにはまだ早い。すぐ下流の新幹線の下を潜ると近くに橋のような灯はない。
通りすぎる車の尾灯を追って土手の曲がり具合を確かめる。かなりの遠方で車の灯が横切っていく。距離の見当は付かないが、夜は長い。とにかく、そこまで行ってみることにする。
7月に申し込んでいて、参加出来なかった「夜叉ケ池伝説マラニック」を走っているような気分で、快適に飛ばす。
やがて大きな橋に到着。それは名神高速道路だった。高速道路では対岸に渡れない。下流には橋らしきものは見当たらない。ここから折り返す。
大垣市内の明かりが遠い。前方左手、白い大きなビルの上半分が水色になっており境界線はぼやけてグラデーションになっている。何のビルだろうと思いながら走っていると、いつの間にか真っ白に変わっている。赤い灯が点滅している建物は、昼間訪ねたソフトピアジャパンだろうか。
大垣大橋まで戻って、橋を渡り対岸に移る。左岸も同じように余裕のない二車線である。が、夜も深くなって車の量は少なくなっている。
星空と夜景を楽しみながら揖斐大橋で右岸に戻りホテルに着いたのは12時10分であった。2時間半、距離にして15kmあっただろうか。シャワーにも掛からず寝入ってしまった。
22日目覚めたのは6時半。快晴。昨夜の疲れは残っていない。今度は上流に向かって走る。土手の道路は早くも大型車が増えている。
上流にも自動車道があり、そのすぐ上流に鉄道の鉄橋が3本掛かっているように見える。一番手前は東海道本線か?
河川敷の灌木や笹には枯れ草等が大量に引っかかって無様な様相を呈している。台風10号の大雨で河川が溢れ周囲からゴミが流れ込んできたのだろう。
左側遥か彼方からずっと山地が続き右の彼方まで続いている。東の方に小さいが富士山型の山があり山頂に何やら建物がある。ひょっとしたら岐阜城では?
昨日視察したソフトピアジャパンもすぐ近くに見える。
新揖斐川橋から左岸に渡る。この橋珍しく両側に大きめの歩道があるが、その歩道の汚いこと。ゴミ捨て場のようである。車から川に向けて投げたゴミ空き缶が届かず歩道に落ちたもののようである。
左岸の土手の道路はやはり2車線であるが上りと下りが段違いになっており幅も広く気持ちのいいジョギングで、ホテルに戻ったのは7時40分、ちょうど1時間のジョギング、写真をとったりしながらのんびりと走ったので6kmくらいか。
今日の午前中は、「岐阜県の地域情報化施策について」講演を聞くことになっている。眠くならなければよいが。
|
新揖斐川橋歩道には車から投げ捨てたと思われるゴミが散乱していた |
| 写真の左手遥かに見える「ソフトピアジャパン」 ビール工場を思わせる |
|
![]() |
台風10号の大雨による濁流の名残河川敷の灌木にはゴミや、枯れ草などが引っかかっていた |
| 揖斐大橋 | ![]() |