長崎からオランダ村まで (61.08.07)

  

 九州各県情報管理主管課長会が8月6日,7日、長崎市で開 催された。
 7日の市内視察に参加しないで、オランダ村まで走った。39キロ、4時間33分。
 6時前に起床、ジョギングスタイルになって宿泊した厚生年金センター(浦上駅の裏に出来て3ケ月)を出る。会館の前には、きれいではないが川があり両側の道路には並木のある歩道もあってジョギング姿も見られる。会館の並びには医師会館、歯科会館、身障者援護センターなど新しい建物が並び、ジョギングコースとして名所になる可能性もある。  長崎駅で朝食をとり荷物をロッカーに預けて7時10分スタートする。
 8時過ぎにネイチャー コールド ミー になった。会館で済ませていたのだが。井手園バス停付近で三菱石油スタンドでWCを借りる。この後『さばくさらかし』と名付けられた岩がありカメラに納める。

 8時20分、時津を通過。
 8時50分、晴雲学園入口を通る。ここには高校の同級生の山下忍がいる。寄って見たい気もしたが通過する。
 9時丁度、琴の海のバス停から狭い範囲だが海が見え遠方には空港らしいものも見える。大石病院前というバス停付近の入江に救急艇が停泊していたが入江や島の多いこの地方ではのことである。
 9時53分、琴海中学前(自証寺前バス停)にバイオパークまで12キロの標識が立っていた。
 国道206号線は期待に反して見晴らしが悪い。海もチラチラとしか見えないし左の山もよく見えない。坂が多い。2車線。歩道は狭いが左右いずれかに必ずあり走りやすい。空には一点の雲もない風もなく暑い。過去最悪の状況かも知れない。飲料水の補給に不自由しなかったのが唯一の救いであった。
 11時25分、バイオパーク入口(二股バス停)に到着。ここには改めて行きたい。オランダ村まであと2キロ。オランダ船のマストと風車の先端が見える。
 11時43分、オランダ村に到着。何の変哲もないこんな入江によくこんな村を造ったものだ。
 2000円の入村料を払って中に入る。夏休み中であり客は多い。すべて新しくまだペンキの香りが残っているような感じだが、飲み物、食べ物はやや高い。かき氷を立て続けに2杯とっていくらか落ち着き村内見物に動き出す。

 14億円かけて建造したというオランダ船『プリンスウィルム号』、早い話、海賊船だったのだろうが。12時30分出航の『ワーペン・ファン・ホールン号』で大村湾の遊覧に出る。
 船上涼しい風の中でのヘイネケンは最高である。
 大村湾も汚染されているようだ。クラゲの大群が浮いている。潮の流れの関係か所々帯状にゴミがかたまつている。焼島、堂島、長島、矢筈島と半島との間を通り西海橋の側を抜けて大村湾に出る。西の方には多良岳、経ケ岳が見える。雲仙は霞のなかに溶けて見えない。南には今走ってきた半島の山々がある。
 海にしても、山にしても展望がいいのは最高。ヘイネケンをもう1杯飲む。
 帰港してどうやら食事をとる気分になった。インドネシアの油いため飯をとる。
 2時半からワールドフェステバルが始まるというのでステージの前で暫く時間をつぶす。

◆ワールドフェステバルについて見たこと感じたこと
インドネシァ
木魚のような形の金属製の鐘が8、9個ならんだ楽器とその他の楽器に7人、美女揃いの踊子が5人のチャンドラ舞踏団の一行、体はあまり動かさずに手足と首を左右に激しく動かす独特の踊。
タヒチ
小錦そっくりの正真正銘のタヒチ人の団長、白人との混血のような人、タヒチの松田優作と紹介された均整のとれた背の高い、いい男、女性の方も粒不揃いであるがショーは軽いリズムに乗って面白い。女性は腰を左右に激しく振り優作達は膝を広げたり狭めたりの単純な踊。
フィリッピン
メキシカン帽をかぶった品のある人達、みんな学校の先生だとか。踊子もすらりと均整のとれた3人組。コートジボアール(西アフリカ地方) ビールビンを逆にしてビンの首を股に挟み、ビンの底を叩くような木製の楽器を4人で操り、6才の子供から娘、おばんといった一家のような5人。見物の子供が『あの人達、足の裏だけ白いのね』といっていたが掌も白っぽい。

 4時30分、2階建のバスで長崎に帰る。2階料100円を別にとられたのには驚いた。行きより幾らか眺めがよかったが206号線は見晴らしがよくない。折角の2階バスもさっぱりであった。
 5時過ぎ長崎駅に到着。博多行き特急は6時04分、ゆっくり着替える。
 特急は空いていてゆったりできた。車中、雲仙の優雅な姿が美しかった。あの周囲を走るのは何時かななどと思いふけっている間に眠ってしまった。


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