阿麻氏留神社考

阿麻氏留神社考

 ホームページ「神奈備にようこそ」の中のページ「延喜式神名帳」によれば、対馬には29の社があり、大社が6社、小社が23社となっている。神社名の一覧が載っているが、大社、小社については区別していない。
 その中には、今回、訪ねた神社の中で「和多都美神社」と「阿麻氏留神社」の名が載っている。
 「阿麻氏留神社」について、玄松子さんのページに飛ぶと、そこには「阿麻氏留神社」の拝殿、本殿の写真と解説があった。以下の枠内は、解説の転載である。

   天日神命(ヒニミタマ)。津嶋縣直の祖神として、『神名帳考證』にも「阿麻氏留神是天日神命也」とあり、『特撰神名牒』は、山城の天照御魂神社、丹波の天照玉命神社等と同じく、当社も天照國照彦火明命なるべし、と考定してゐる。阿麻氏留といふのは天照であり、それは本来この地方の神名で、「天照神」だつたのではないか。それはまた照日神(テルヒノカミ)とも称したことは、『対馬神社誌』に明らかである。

 つまり、天照大神より古い「天照國照彦火明命」、ニギハヤヒだというのである。神社探訪では解明できなかった祭神がホームページにより「ニギハヤヒ」であることが確認できたことは大収穫であった。
 「神社」「古代史」をキーワードにしてインターネットを検索してみたが、実に多くのホームページの存在が分かり、関係資料の宝庫といえる。但しかなりのゴミも混じっているので、よく選別する必要があるようだ。

 延喜式神名帳には、全国3万社と推定される神社のなかから官幣の社(大社は304社、小社は433社)、国幣の社(大社は188社、小社は3207社)の合計、4132社が提出されている。
(日本の神様 読み解き 事典より)

 延喜式は弘仁式、貞観式の後を受けて編修された律令の施行細則。平安初期の禁中の年中儀式や制度などの事を漢字で記す50巻。905年(延喜5年)藤原時平・紀長谷雄・三善清行らが勅を受け、時平の没後、忠平が業を継ぎ、927年選進、967年施行。
 明治39年、内務省通牒「神社統廃合令」によって数万の神社が消滅した。
(広辞苑 第2版 岩波書店)