◆ヘール・ボップ彗星がみえる
平成9年3月9日、第25回天草パールラインマラソンの日である。
博多発7時丁度の特急で熊本に向かうべく、自宅を5時半にでる。
JR筑前新宮まで2キロの道程。途中は1戸建ての住宅地。満天の星空。
ヘール・ボップ彗星が見える筈だと天空を眺め回す。
北東とか北西とか、カシオペア座に近いらしいことは分かっていた。
明るさは1等星以上。
あった。北東の水平線から余り高くない位置に、大きいがボーッと光っている星がそうだ
ろう。望遠鏡で見ると尾っぽが見えるかも知れない。
ヘール・ボップ彗星を見つけたことで、心は浮き浮きである。
大矢野町のマラソン会場に着いて受付を済ませたとき、開会式が始まった。
大会会長(大矢野町長)の挨拶。第24回までの参加者累計は88,000人を超えた。
20キロのコースは第21回大会から維和島コースになったが、ランナーをはじめ関係各
位の強い要望で、再び天草五橋を走るパールラインのコースに復帰したと挨拶されてい
た。続いて名物男の大会委員長(加地熊本走ろう会会長)の方言丸出しの叫び声。
準備体操は、エアロビクス。今年は趣向を変えて子供を含めたグループによる指導で会場
広場いっぱいに広がった参加者たちもエアロビクスを楽しんでいた。
パールラインに復帰したとはいえ、スタート地点は国道を渡らなくて済むように総合ス
ポーツ公園に変わっている。スタートラインも旧に比べると狭くなっている。
本大会のモットーは、「遅いあなたが主役です!」それでも死にもの狂いで飛び出すひと
がいるから困る。加地会長は「スタートラインに立った人は勝者です」「無理な競争は止
めてマイペースで」と毎回挨拶しているにも関わらず、とぎどき引っ繰り返るランナーが
いるから堪らない。

◆走友に会うのが楽しみ
スタートラインの状況をカメラに納めて、列にもぐり込んだら、福岡走友会の松山さん
に出会った。
「相変わらず長距離はしってるの?」
「うん、去年の走り込み大会では1キロ違いで負けだったよ」
などと会話が弾む。
北九州の山崎さんにも会えた。萩往還の常連である。今年は70キロに申し込んでいると
か。
同じ団地の平井さんも太宰府の連れと参加している。
10時、号砲1発。やや登って、下ってまた緩い登りになっている。
その峠を超えていく先頭集団が芥子の実のように小さく見えている。
博多陸友会の浜さんが軽快な足取りで追いついて来た。今まで何してたんだろう。
2キロ付近で、犬に引っ張られたランナーが追い越して行った。
「あの犬は元気がいいね。何処までもつかなぁ」などと話していたら、車の陰の水溜まり
でハーハーいいながら転げ回って体を冷やしていた。大笑いである。
たいがいの犬は1キロも走るとスタミナ切れで座り込む。2キロ以上来たとはたいした
もんだ。元気を取り戻した犬は、勢いよく走り去っていった。
何時までも浜さんに引っ張られたんでは体がもたない。先に行ってもらう。
岸辺にはホテルが何軒かあって、従業員が給水や、氷、梅干し、蜜柑などをサービスし
ている。老人たちも沿道に出てバケツや鍋を叩いて応援している。楽しい大会である。
当大会のいいところは、ゼッケンが2枚、それに出身県と名前が手書きで書かれている
ことである。抜きつ抜かれつするときに何処の誰か分かるので会話が弾みコミュニケー
ションに貢献している。
福岡走ろう会が主催している「志賀島老壮マラソン」(参加者1000人前後)でも、
名前を書いたらという提案があったが「もし間違えたときどうするの」という問題で実施
されなかった経緯がある。天草では4500人のゼッケンに書いているが、その苦労は大
変なものだろう。
◆抜きつ抜かれつ
見覚えのある後ろ姿に、追いついてみると九州横断走の倉本さんだった。
熊本の脇坂先生からの年賀状に「九州横断走復活の動きがアル」とあったので尋ねてみ
たが知らないようであった。
倉本さんに離されて暫くすると、走る姿のモデルのような端正な走りをする九州横断走
の古里が追い越して行き、倉本さんと並んで話しだした。懸命に追いついて挨拶する。
九州横断走復活の話は知らないようであったが、熊本〜鹿児島とか門司〜熊本とか熊本〜
長崎のウルトラマラソンを仲間内で楽しんでいるようだった。
国道266号パールラインに出た。道路は片側を使用、反対側は車を通している。電柱
1本おきくらいに役員やボランティアが立って事故防止に努めている。
ご苦労さんです。
1時間40分、早くも先頭が折り返してくる。カメラを構える暇もなくすれ違う。
2号橋の構造物が青空に聳えたち撮影心を駆り立てられてシャッターを切る。
矢部町のマドンナ緒方さんを捕らえて挨拶する。彼女は矢部町走ろう会のメンバーで、
九州横断走の2日目には必ず伴走してくれて夜の懇親会にも顔を出して賑あわせてくるて
いた。
「練習をさぼっているので足が動かんごとなった」なんてぼやいていた。
前方に4番目のランナーが見えた。道路の反対側に渡り写真を撮る。
パールラインの橋は長く弧を描いて中央部が盛り上がっているので、登りが苦手な者に
とっては分が悪い。2号橋を下って一息つく間もなく3号橋の登りとなる。
橋の上からの眺めは絶景である。狭い海峡に小島が点在し何処を見ても素晴らしい風景
である。
折り返してくる人が増えてきた。福岡走ろう会の山下さんとすれ違った。「山下さん」
と叫んだが聞こえたかどうか。
「みのさ〜ん」と3キロ辺りから先にでた浜さんがすれ違って行った。
何時の間に先に行ったのか平井さんともすれ違った。
4号橋を渡ってすぐ折り返す。9.5キロ辺りかな。
後ろから来る人はあまりいない。
山崎さんに追いついて、抜きつ抜かれつの状態がしばらく続く。
一段と暑くなってきた。私設エイドで氷をもらい口に含んで凌ぐ。
暑さとカメラを携帯しているせいか、折り返してからは1キロ6分以上にペースダウン
している。2時間切るのは難しい状況になってきた。
2号橋を渡り、もと来た道に入り、大矢野高校の前を通って、天草四郎公園のゴールに
飛び込む。2時間3分20秒。順位は1132位。
臨時バスに乗ると、倉本さんと牧野さんが最前列の席に座っていた。牧野さんは慶州の
国際老壮マラソンツアーで一緒だったし、九州横断走の常連でもある。
浜さんも乗っていた。福岡県庁の奥園さんもいた。
萩往還の主催者、小野さんも来ている筈だし、有明町の看護婦さんの井上さん民本さん
も来ている筈なんだが、遂に会えなかった。
◆孫たちが集合
帰宅したら岡山に嫁いでいる3女が子供2人を連れて来ていた。
玄海にいる2女も子供連れで来ており、2階の息子の家族や長女の子供もきており、孫
が6人集まって(孫は7人だけど、1人は風邪で自宅養生していた)それはそれは、賑や
かなことだった。
ヘール・ボップ彗星は見たし、天草ではいろいろ懐かしい人達に会えたし、孫たちとも
遊べたし、こんな嬉しいたとはない。宇宙に感謝である。
九州横断走:延岡に集合、旭化成のグランドを借り練習、旭化成の寮に宿泊、
翌朝3時に出発、五ケ瀬川を遡ること50キロ、高千穂の国民宿
舎の大広間に雑魚寝。翌日も3時に出発、九州の脊梁を越えて50
キロ先の矢部町(通潤橋で有名)の休暇村でも雑魚寝。3日目も3
時出立、有明海側の小川町にゴールインする約150キロのウルト
ラマラソンである。
創設者の山口先生(小川町走ろう会会長)の高齢化で平成3年、
熊本走ろう会に委ねたが翌年に小川町走ろう会が主催した第15回
大会を最後に中断したままである。最近復活の動きがあるらしい。
小生は12回大会以来ずっと参加しており、ウルトラマラソンに
のめり込む端緒となった大会である。