2001げんかい100kmウルトラマラソン大会

高津啓一 記

 来年の本大会に向けての試走会という事であったが、手作りのミニ大会として、工夫された立派な大会が出来あがっていた。
 福岡ウルトラマラソン倶楽部が開いたもので、北九州ウルトラRCの設立初期に会員になって頂いた見野さん、酒井さんが、この大会の呼びかけ人として名を連ねている。
 事務局を切り盛りするのは石田晴充さん。ウルトラの大会で良く目にするお名前のような気がする。
 4時到着を目標に朝明けぬ3時、前村、高津(美)と3人で出発。
 このあたりは空気が澄んでいるようで、星が美しい。まだ暗い5時スタート。10km位から山道に入り、若宮町、宮田町などをめぐる。力丸ダム付近の他、何度も峠越えをする難コース。教育大学付近に戻って来たあたりから、やっと平坦となる。コースは左折、右折が多く、主要道からはずれるなど、分かりにくいところだが、路上の矢印や、小さな案内板が多く迷う事もなく、地図や行程表を見る事もほとんどない程、行き届いている。
 旧唐津街道赤間宿では路上演芸のお祭り準備中で,飲料を冷やす為の砕いた氷が目についたが、気が弱いので、物欲しそうに眺めただけで通過。釣川沿いの50km地点に最大規模のエイド。朝手作りしたと言うトーフが美味しい 。
 スタートから飛ばしていた、あの水上則安さんは、予定通りレース終了したとの事。
 これから先は比較的平坦で、楽になると思ったが、単調で疲れが気になる。登り下りがある方が楽しいという説は正しいのかも知れない。いや、やはり登りは苦しい。
 宗像連山マラニックで横切った、あの垂水峠をやっと越え、これで平坦な海岸沿いに出られるのかと、気を抜いたところで、コースは成田山を通る急坂へ。登り下りもすごく長く感じた。
 ようやく海岸に出て、70kmにも大きなエイド。ナシとリンゴを何切れも食べる。小さなエイドでも、何度も一切れのナシを食べたのが本当に有難かったが、後続の人は、何度も出なかったとの事。先行した人が食べ過ぎてしまったのだろうか。多分、この私が一番たくさん食べたと思う。鐘崎を抜け、さつき松原の自転車道、吉田ダムへの道、釣川沿いの道は単調でやたらと長い。市街地の方が楽な気がする。
 津屋崎町に入り、そろそろ終盤と思いきや、なんとコースは砂浜へ。5kmも砂の上を走るマニア向け。疲れた脚にはやさしいのかも知れないが、疲れすぎた脚にはたまらなく重い。
 最後に、大峰山東郷神社に登るコースが待ち構えていたが、誘導員から急な登り下りの説明を受け、疲労度や、一週間前の70km走、二週間後の100kmレースを考慮して、ここは故障が出る前の用心が大切とカット。3km程の短縮とかで惜しい気もするが、ここは楽する心地よさを選んでゴールへ向かう。
 ゴール後は、近くの町営の塩湯の風呂に入る。恋の浦の夕日が人気で、風呂上りの人が大勢、テラスから眺めている。
 民宿での宴会では、仕事の都合で50km地点からの参加だった田中敬三さんと久しぶりに会う。各地の大会で顔なじみというケースが多く、宴会後も部屋に引き上げて飲み直すという。ミニ、ウルトラ大会独自の雰囲気。私個人は、昔、地元桃園競技場で良く顔を合わせながらあまり話した事もなかったスタッフで、玄海トライアスロンの早川さんとゆっくり話が出来たのが収穫。
 少し酒への名残惜しさを残し、高津(美)の運転で帰路へ。
 ミニウルトラ大会としてはこれ以上望めない、充実した内容の運営だが、初心者や、年間に一、二回ウルトラを走る程度のランナーにとっては少し厳しいコースだった。