2001大村湾1周ウルトラマラソン完走記
福岡県春日市 柳 真矢 .

10日、11時半に嬉野の一休荘に到着し、12時スタートの見野さんたちを見送りました。
今回は、完走が目的ですのでスタート時刻の変更をお願いして
16時にスタートしました。
16時スタートは、15名ぐらいだったでしょうか。スタートしてまもなく大阪の岡村絹枝さん、福岡の友野さん、松崎さんと4人で先頭集団を形成。
東彼杵町(12キロ)より、私と岡村さん、友野さんと松崎さんの2つに分か
れました。ハウステンボスの近所(30キロ)に、3時間25分で到着。師匠の山本但さんからサポートを受け次の山本さんのサポートポイントは琴海町(70キロ)の予定とのこと。西海橋に向かう40キロぐらいで、ハウステンボスの花火・満天の星空・海面に映る月影とすごくきれいなものばかりでした。
西彼町に入り、50キロぐらいのオランダ村がエイドステーションの予定だったはずなのに、どこにも見あたらない。岡村さんと「エイドをあてにしちゃだめですね」と話しながら通過。あとで聞くと、ちゃんとあったとのこと。お湯を沸かしに行っていて気がつかなかったそうです。よく考えると、山本さんも20時スタートの最終ランナーをサポートしてからの移動になるので、琴海町では私たちが通過したあとの可能性が大きいことに気がつく。案の定、そこにエイドはなかったです。山本さんから防寒着と地図をそこで受け取る予定だっただけにつらかったです。
時津町(80キロ)にあるこのコース唯一の固定エイド、火篭公民館に7時間30分で到着。私自身、エイドでの休憩は短い方なんですが岡村さんはさらに短い。さすがですね。
長崎駅前(90キロ)に11時間30分で到着。(午前3時30分)ついに岡村さんについていけないと確信する。しかし、岡村さんは「夜なので一人では心細いからペースを落として一緒に行こう」と言われる。ここから100キロぐらいまでが一番つらかったです。岡村さんにそんな迷惑はかけられない。体は動かない。眠い。山本さんから防寒着を受け取れなかったので寒い。
それでも、100キロ過ぎからなぜか復活。また岡村さんとの二人旅。コースを間違えやすい諫早市内も無事通過。大村市の手前(120キロ)でついに12時スタートの女性3名をとらえる。34号線を岡村さんに引っ張ってもらって走る。東彼杵町がすごく遠く感じました。東彼杵の交差点(150キロ)から最後の俵坂峠へ。6キロの登りです。これをなんと、岡村さんは走って登る。しょうがないから私も続きました。坂の途中でサポートしてくれた山本さんから「この坂を走って登る人を初めて見た」と言われました。
最後の下りで岡村さんはそのまま飛ばされましたが、私はけがするのが怖くて離れました。それでも結局20時間59分でのゴールでした。岡村さんは20時間53分の女性の大会新記録でした。「24時間で完走できるかどうか」と考えていたので信じられません。
岡村さん・村田さん・藤本さん・佐藤さん・見野さん・山本さんサポートのみなさん・この大会に関わったすべての人たち・私を応援してくださるすべての人たち、ありがとうございます。次は萩往還250キロでよろしくお願いします。