2002年5月25日、第13回目の阿蘇カルデラスーパーマラソンが開催された。
私達応援団は、79キロ辺りの上り坂の途中の倉庫を借り、「焼肉&ビール」のエネルギー補給基地を設営した。今年で3回連続の応援。
仲道さんの車に便乗して、小島あけみさん、柳真矢さんと私(見野容)の4人。7時半、福岡空港に集合、仲道車に便乗する。
大分自動車道を日田ICで降りて国道212号を南下、松原ダム、杖立温泉、小国町、満願寺温泉を経て、桃の木の現場に到着したのは、10時20分だった。
仲道さんの絵手紙の友人の浦崎さんが、この近くに別荘(この春完成)を建てたが、その土地の地主の農機具倉庫(2階は住居にもなっている)の前を借用してエイドを設営する。桃の木には、人家は2軒しかない。倉庫を加えて3軒である。倉庫は、マラソンコースの約79キロ付近の1車線程度の登り坂にコースと平行して建っておりシャッターが進行方向に付いているので、懸命に走っているランナーには見えにくい。
到着して早速火を起こし、浦崎さんが、前日に調達して別荘の冷蔵庫で冷やしてくれていたビール、ジュース、コーラや、肉、野菜を受け取りに行く。
肉や野菜を乗せると、食欲をそそるいい匂いが漂う。缶ビールを開けるとシャーベット状のビールが噴出す。これが実に美味い。

トップランナー
 2位のランナー |
10時19分、先導車を追ってトップランナーが通過。
11時6分、2位の熊本の坂本勝さんが通過。11時12分、3位が通過。タイムを競う上位ランナーたちは、呼び込みに見向きもせず走り去る。
11時49分、女性のトップランナーが通過、総合で13位くらい。うかうかしていたので写真は撮りそこなう。
12時20分を過ぎた頃からランナーが多くなった。4、5人固まってくるので順位やゼッケンNOをメモるのが忙しくなる。この頃通過するランナーたちは、タイムを余り気にしない。余裕しゃくしゃく、悠然と構えた人達が多い。
「焼肉は如何」「ビールも冷えていますよ」の呼び込みに「おおっビールですか?」と立ち寄る人、「ビールは駄目だ!」「コーラもありますよ」「コーラを貰おうか」とコーラがよく売れた。
12時59分、大宰府走ろう会のリボンを付けた古賀一光さんが到着。大宰府走ろう会のトップランナー。
「みのさーん」の声の主は、津屋崎町の花田康正さん。ホームページ“五〇歩百歩”の浜口剛光さん、沿道のゴミを拾いながら日本縦断を果たした顔に似合わずタフな人。福岡県庁の中富倫彦さん、同恵村泰尚さん、長谷ダム走ろう会の横山孝治さんなど仲間たちが続々と立ち寄ってエネルギーを補給して行く。
「みのむしさんですか?」と見知らぬ人。
「そうですが、どうしてご存知?」
「ホームページを見て知っていたので楽しみにしてました」と、香川県の山下谷治さん。嬉しいですね。知らぬ人から、ホームページ見てますなんて言われたら、嬉しくて堪らなくなる。
最近、ホームページ“みのむしの『東西南北』駆けある記”に関する出来事が多い。今年の春のこと、講談社から、原稿依頼のメールが届いた。「『とり定年学(仮題)』という本を出版することになったので、インターネットで検索して、あなたのホームページを見た上でのお願いである」という。
1200字程度の原稿を送った。出版したら1部贈呈しますというので楽しみにしているが、6月10日現在、まだ届いていない。
5月末のこと、BS日本テレビからメールがあり「“みのむしの『東西南北』駆けある記”を番組で繰り上げたいので了解してくれ」とのこと。何度かメールをやり取りして、肉体改造をテーマにして30分番組の中で3本のホームページを紹介する。電話インタビューにも応じてほしい」と言う事だった。放送日は6月6日午後9時半から10時まで。我が家ではBSは受信できないので、親戚知人に問う合わせたが、BS日本テレビを受信できるところはなかった。ビデオを送りますということだったので期待しているが、まだ届かない。
4月に加入した「NPOりんごの夢」の若いスタッフに名刺を渡したら「私このホームページ見ました」と嬉しいことをいう。
「どこで どうして」の問いに、暫く考えていたが、「父のために老人向きのページを検索していたらシニアグループのページがあって、その中に“みのむしの『東西南北』駆けある記”があったように思います」「それってステージ2と違う?」「ああ、そうです」
「ステージ2」は、第2の人生を意味し、60歳以上のコミュニティーネットである。「ステージ2」を立ち上げた知人から勧められて2人目のメンバーとした登録した。これが結構見られており、ある会合でも「見野さんでしょう」と声をかけられ、以後ときどき屋台で語り合う仲になった。
話を戻そう。
2時
近くなって仲間たちが続々と到着。ニフティ仲間のナベさんこと渡辺敦さん、林洋一さん、一浦幹雄さん。一浦さんは、また一回り大きくなっており今回は50キロに参加、体重を訪ねたら95キロだとか。70歳で100キロに参加の大神洋さん、50キロの部には76歳の人が参加していたが、100キロの部では大神さんが最高齢だろう。福岡市役所の渕上哲郎さん、荒牧正豪さん。続いて江口裕さん。昨年2月の大村湾160キロウルトラマラソンで知り合い、急速に親密になったコンピュータ関係の人。今年の大村湾に初参加の福永剛さん、大宰府走ろう会のホームページを立ち上げ管理している村田博信さん、福岡市役所で大宰府走ろう会の柳沢修司さん、同仁井山清一さん、続々と立ち寄って行く。
12年9月の「アラスカ・オーロラ100キロマラソンツアー」で一緒だった五十嵐晃さん、同吉田妙子さん。10年以上前に開催されていた、「九州横断150キロマラソン」で一緒だった牧野佐吉さん。
 ノンストップで通過する峯さん | 3時21分、大宰府走ろう会の峯啓子さんが、「時間がないので」とノンストップで通過。80キロの関門の締切は3時30分。ぎりぎりのタイム。「頑張ってくださ〜い」。無事に完走した由。お疲れ様でした。3時半を過ぎて何人か通過したが本当に残念でした。
大宰府走ろう会は29人参加ということだったが、79キロのエイドを通過したのは20人いたかな。諸岡俊弘さん、倉掛速雄さん、野口治子さんは、とうとう姿を見せなかったが、どこまで頑張ったのだろうか。
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