6年振りの参加だった。
 第4回、第5回大会の250kmに参加して完踏して以来の参加だった。
 去年辺りから長距離にすっかり自信をなくして140kmにエントリーした。
 結果は惨めなものだった。

 平成11年5月3日午後6時、瑠璃光寺をスタートして上郷駅で折り返し、山口に戻って立派な宮島町の歩道橋を渡り右折して防府に向かうところでリタイアしてしまった。距離にして約23.6km。
 完踏は無理にしても萩城(99.3km)まではいけるかなと思っていたのだが。
 出足は快調であったが、7km辺りから腰に軽い痛みを覚えた。いつもより少し早いが毎度のことなので、たいして気にもしていなかったが、上郷駅で折り返してから痛みは増すばかり。ウエストバッグをリュックに詰め込んだりしてみたが、痛みは取れない。バンテリンを擦り込んだらスカーッと痛みがとれたので前の点滅灯を追ったが、5分もすると以前にも増して痛くなる。歩くといい。
 20km当たりから全く走れなくなってしまった。宮島歩道橋に戻ったのはスタートから3時間10分も経過していた。遂に意を決してリタイアしスタッフにその旨を告げる。


新緑の並木道が続く山口駅前通り。
国の合同庁舎の横で開催されていたスペインカーニバル。
3人の踊り子が腰を振りふり情熱的な踊りを披露していた。
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駅前通りの突き当たりにそびえる山口県庁
県庁の裏手にある瑠璃光寺
この境内がスタート地点とゴールになっている。
参加者に注意事項を説明している実行委員長の小野幹雄さん。
オーストラリアを単独横断した阪本真理子さんと一緒に。
左から3人がUMMLのメンバー
で、けがのためボランティアをかってでた長野市の石川さん、福岡市のしゅんさん、次が小生福岡市のみのむし、次は北九州市の中村さん、最後は、俊さんの友人で福岡市の塩浜さん。
「みのさんでしょう、京都の山田です」
’96関西周遊山岳マラニックに参加したおりボランティアをされていた山田さんである。天智天皇の御陵を案内して頂いたりと大変お世話になった人。今回は70kmに参加とのことだった。
70kmに参加した林尚子さん。
小野実行委員長と阪本真理子さん。
福岡市のまつぼさん と 横浜市から参加の海野さん。
さくら道270kmを見事に完走した渡辺実さん。(72才)
140kmの長丁場(制限時間は24時間)に向かってスタートするランナー達。
手にしたビニール袋は、福祉センター(63.5km地点)に預けておく着替え等で、スタート地点から約1kmの間、自分で運搬することになっている。
1列で走るよう当局からの強いお達しのためいっせいのスタートではなく、約50人づつの時差スタートであった。
 

 

4日午前6時前、降りしきる雨の中歩け歩け35kmに参加する人たち。
ランナーに比べてカラフルで重装備が目立つ。
昨夜から降り続いている雨の中を静かにスタートする70kmの人たち。
みんなを送り出した直後、250kmの2位の2人がゴールイン。6時35分。
ゼッケンNo170の高橋さんとNo14の坂井さん。坂井さんは弱視、白いつえを持っての完踏は見事、凄いとしかいいようがない。伴走した高橋さんも立派である。
「あなたたちが2位ですよ」に「前に2人いたけれど」その2人は230km辺りで無念のリタイヤ。あと20kmそれが走れない、歩けない。さぞ悔しかったことでしょう。
ハイテク装備のサポート部隊。バンに2台のパソコンとカラープリンターを持ち込み、スタートしたランナーが、どのチェックポイントを通過したかを管理するとともに、テープを切った雄姿をデジカメでとらえ、即刻処理して完踏証にタイムと雄姿をプリントして渡すという優れもの。優秀なスタッフに支えられ本大会の大きな目玉となっている。
完踏者にとっては最高の土産である。
上記のシステムでプリントされた完踏証。
タイム、氏名、それにテープを切った瞬間の雄姿がプリントされている。
山口市内には、このような地下道が多い。自転車も通れる緩やかな傾斜になっている。
人に優しい街づくりが随所に見られる。
瑠璃光寺から1km位のコースにあった大きな常夜灯。
走った時にはまだ明るかったにもかかわらず目に付かなかった。後ろに見えるのは、山口の祇園祭で有名な八坂神社の鳥居。
中世・戦国の雄、西国一の大大名、大内義隆(31代)の菩提寺龍福寺の山門。
龍福寺の参道(国指定史跡)。この奥に山門がある。

背景は、椛田義富さんから孫に頂いた「鯉幟」をアレンジしてみました。
往還の途中でへんぽんと翻っていた鯉幟を思い出しました。

 高橋さん、坂井さんのゴールを見届けたあと、早々に帰宅したので、250kmに参加した人たちには会うことが出来なかったのが心残りであった。