第12回九州横断マラソンは、2つの意味で私に大きな転機となった出来事であった。  1つは、この大会に参加したことでいろいろな出会いがありそれがウルトラマラソンに動いていた心に火をつけたこと。63年にはサロマ湖100キロに参加して完走。平成2年には山口萩往還120キロを完走。以後ウルトラマラソンおよびジャーニーランにとのめり込んでいった。
 この大会は、昭和60年(第11回)まで毎年開催されていたが、昭和61年は欠会となり62年に第12回大会が開催され以後は、平成元年、3年、4年と開催され、毎回参加したが、その後は中断されたままになっている。
 この大会に参加した多くのランナーが、現在各地で実施されているウルトラマラソン大会で活躍しているのを見るにつけて、この大会がウルトラマラソンの原点だったという思いを強くする。
 もう1つは、下記の手記を、福岡走ろう会の会報に投稿したのが、月刊誌「ランナーズ」に掲載されたことである。それから度々「ランナーズ」や「シティランナー」に投稿し採用されることとなった。多くの人が読んでくれるのならと「文章を上手に書く法」等の本を読んで、走っては書き、書いては投稿するという時期が続いた。
 また昭和の終わり頃から普及しだしたパソコン通信の電子掲示板にも書きまくった。
 現在はインターネットのホムページへと変わったが、走っては書き、ホムページを作って楽しんでいる。

平成11年9月14日 記

福岡走ろう会 見野 容(55歳)  

 昭和62年8月20日午後2時、九州は宮崎県延岡駅に大きなスポーツバッグ、大きなリュックを担いだ老若男女が集まった。
 千葉県以西の1都2府12県からやって来た健脚揃い。17才の少女から76才の老人までの74人。1組の親子、2組の夫婦、女性14人、バラエティに富んだ1団である。
 21日から3日間で、延岡市から神話のふるさと高千穂町を経て、熊本県矢部町を通り小川町まで、九州の脊梁を越え谷を渡って143キロを走ろうと、ウルトラマラソンに参加する人達である。
 福岡走ろう会からは、今回で8回目という秦さん、5回目の森さん夫妻、初めての川田さんと私が参加した。 盆過ぎの真夏、日中の暑さを避けて昼までに目的地に到着してしまおうと早朝3時又は3時半の出発である。

 第1日は延岡市から高千穂町まで五ケ瀬川を遡る56キロ。第2日は五ケ瀬町、蘇陽町、清和村など九州の尾根を越えて、マラソン大会の多い矢部町までの42キロ、第3日はゴールの小川町までの45キロである。
 先頭から老人、女性、若者の順に隊列を作り、1キロ7分のゆったりしたペースで走る。屋根に赤い枠を乗せて『九州横断マラソン』と大書した乗用車が先導役をつとめ、皆の荷物を積んだ中型トラックと、救護用のマイクロバスが、後ろからライトを照らしてくれる。その明かりが木洩れ日のように脚元を照らして用意した懐中電灯はいらない。
 空は満天の星である。前の人の脚を踏まないように、間を取り過ぎて割り込まれないようにすることは、何時も一人で、気侭に走っている者には大変な苦労で、とても疲れた。
 暗闇をゆっくり走るので坂を登った感じがない。夜が明けて振り返って見ると随分高い所に登っている。1時間位で休憩をとり、水や食料の補給がある。休憩の後は10分位歩き、1日に約10キロを1回又は2回に分けての自由走、その組み合わせが絶妙で疲れを感じさせない。

 22日は矢部町の国民宿舎『通潤荘』にご厄介になった。最後の夜とあって、矢部町の走ろう会の人達も加わって、歌や踊りで賑やかな晩餐であった。片付けが終わった大広間に雑魚寝、9時に消灯。畳の上に3晩目ともなると、布団が恋しくなる。

 3日目、最後の日は雨の中を3時過ぎに出発。30分位走った頃、雷鳴とともに凄い豪雨に見舞われた。雨は濁流となり、土砂と一緒に道路を川のように流れる。周囲は全く見えず、前の人の脚元だけが頼りである。明るかったら怖くて走れなかったであろう。
 3日間も一緒に走っていると色々な人と仲良くなれる。延岡から高千穂まで伴走してくれた延岡走ろう会の74才の老人、60才で走り始め66才で最好調、10キロ41分の記録を出したという。
 島根の76才の爺さん、日本中を走り回っているという走歴12年。最年長賞がないのを残念がっていた。
 自ら『トレパンが1番よく似合う』という和歌山の41才の主婦、主人と男の子2人を置いてきたので心配ですと屈託がない。
 九州の尾根を走って見たかったという東京からの先生。
 暗闇のなかでパタパタと走るのは福岡の森さん。近付いて台湾の話などを伺う。
 何時も集団の先頭に立って全員を引っ張って走ったのは、福岡の秦さん(56)、八代の緒方さん(64)、熊本の西村さん(75)、島根の竹内さん(76)達。シルバーパワー、ウーマンパワーの偉大さをまざまざと見せ付けられた思いである。
 大きな目標の一つを達成して非常な満足感を味わっている。この大会の事務局の皆さん、関係者の方々に、深く感謝するとともに、今後もその日その日を確かめながら、次の目標に向かって走り続けたい。


 脚美人 汗で潤んで 色香あり   

 自由走 若い者ほど びっこ引き  


多くの一流ランナーを生んだ旭化成のグランド 第2回目休憩地北方町役場前に到着 第1日目自由走のスタート、写真を撮るために道一杯に広がる

通潤橋をバックに左から川田氏、小生、中富氏 高千穂荘をスタートする前の記念撮影 宮崎県と熊本県の境界で

2日目、自由走のスタート 通順荘に到着して 通順荘で 島根県の竹内岩市さん(74才)

3日目、自由走を終えて 霊台橋で ゴール(小川町保健センター)直前
 
3日目、龍宮の滝をバックに


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