オリオン座とともに
平成11年2月12日、嬉野の一休荘に集まって来たのは、大村湾を一周するウルトラマラソンに参加するランナー達だ。
今年は、地元の宮崎さん、多久島さんと、武雄の山口さん、さくら道の呼びかけ人の酒井さんの4人が2台の車でサポートしてくれることになった。
9年振りの積雪に見舞われた北部九州地区はまだ寒気が残っており、ウルトラマラソンの当日は雪模様との予報である。
19時からミーティング、記念撮影のあと20時丁度に7人がスタート。残りの6人は5分後にスタートする。この大会に便乗する形で地元吉田中学校陸上競技部の5人がリレーを行った。
夕方ちらついていた空は見事に晴れ渡って満天の星だ。オリオン座がひときわ明るく輝いている。
8時34分、俵坂の関所跡を通過する。ここは長崎街道の名所の1つだが暗くて何も見えないのが残念である。早くも後発組が追いついて来た。俵坂峠を越えると東彼杵までは下り一方。
9時13分、東彼杵の交差点に出て右折、平戸街道を西にハウステンボスを目指す。中学生3人が威勢よく前に出る。大村湾は星明りで明るいが彼方の時津方面は黒い雲に覆われ黒い幕が垂れている。懐メロの「長崎は今日も雨だった」が口を突いて出る。
高田さんの誘いで参加した一人が遅れ出した。
長い坂道で吉木さん、矢野さんに抜かれ、高田さんにも追い越されて1人になってしまった。東京から参加の篠田さんも「ペースが早過ぎるね」といいながら追い越して行った。後ろには高田さんの仲間、石橋さんと弘中さんの2人だけらしい。
ハウステンボスのシンボルタワー、ドムトールンのネオンが見え出したがまだまだ遠い。大きな峠を越えると星明りの中にハウステンボスのホテルなどの大きな建物群が浮かび上がっている。ハウステンボス駅を通過、針尾橋に差しかかると、向こうから吉木さんが走ってくる。道を間違えて直進してしまったらしい。
橋を渡り右折すると山内さん酒井さんの移動エイドがあった。飲み物をもらい休憩しながらオランダ村までの険しく長い坂のことを考えると急にやる気を失いリタイヤを宣言してしまった。まだ30キロしか走っていない。時刻は丁度0時となったところ。吉木さんは呆れた顔で眺めている。
石橋さんと弘中さんはハウステンボスでリタイアすると言う電話が入った。
車に乗ると急激に冷え込んできた。車内のジャンバーを借りて羽織ったが震えが暫く止まらなかった。山口さんの車には最新のカーナビがあり温度記録計も付いていた。それによると3℃を指していた。
先頭を走っている佐藤さん、吉田さん、恵村さんの3人組を追い抜いて暫く走ったところで停車、サポートを行い、ラストランナーにサービスしてから、またトップグループを追っ掛ける。
田中さん、松崎さんのグループは、松崎さんの調子がよくないらしい。盛んに薬を塗り込んでいる。
2時過ぎのエイドではカップラーメンのサービス。冷えた体には何よりの御馳走だ。
オランダ村、バイオパークを通過して長崎まで29キロというところでエイドを出す。
トップグループの3人は、相変わらず好調。
バイオパークから再スタートしようと思っていたので、ここから付いて行くことにした。最初の5キロはピタリと付いて走ったが、次の区間はもうだめ。一人ぼっちの走りとなる。
207号線を走る(マップの青色のコース)
時津の交差点に6時40分に到着。しらじらと明けてきたところであった。左折して長与町に向かう。
長与町には高校時代の同級生がいる。ひょっこり出会ったりしないかな等とキョロキョロしながら走る。
丁字に突き当たって左折。207号線を北上する。長与港から長崎空港行きの船が出ている。ちょっと乗って見たい誘惑にかられながら北上を続ける。総合公園の近くの横断歩道を駆け抜けたら「横断歩道は左右を確認してから渡りましょう」と天からの声。驚きましたね。どこで監視しているんでしょうかね。数回繰り返しの注意には、そのくどさに、申し訳ないが若干の反感を覚えた。
トラックのドライバーに「この先にドライブインか何かありますか」と聞いたら「何もないね」の返事。空腹を感じてきたが朝食抜きには慣れているので何とかなるだろう。水とパンがリュックに入っている。
次第に明るくなってきた。空は晴れ上がり寒気が強い。
長い坂を上り詰め堂崎で大きく迂回して東に向かうと海が開け、遥か北の彼方に東彼杵や川棚が霞んでいる。須瀬の岬を過ぎると景色は更に美しくなり、長崎空港がある箕島から大村の街が一望できる。
前方の大小2つの島は鹿島か。工事中の若者に「あの島が しかしま ですか」と聞いたら「かしま! そうか、しかしま とも読めるのか」だって ハハハ
アップダウンが多く、腰が耐えられぬ程痛みだす。足指の関節、外反母趾や踵もヒリヒリ、ズキズキと極限にきていたので、日溜まりを探して腰を下ろす。足の指先から土踏まず、踵、ふくらはぎ等に丹念にバンテリンを塗り込む。腰にもたっぷりと塗布する。10分もすると脚の痛みはウソ見たいに消えた。腰は相変わらず痛む。どういう訳か今回も腰には効き目が現れない。
上り坂はひたすら歩き、平地や下りは極力走る。
黒崎の峠を回り込むと大きな湾の奥に街が現れた。列車の轟音が聞こえる。長崎多良見線(旧長崎本線?)がここから海岸線を通っているのだ。伊木刀川の河口までは下り坂でそれから再び長い上り坂となっている。
街の名前は何だろう。伊木刀(なんて読むのだろう)小学校や琴海中学校がある。中心部からやや離れたところに大草駅があった。水洗山(290m)が張り出した麓を周り込むと大きな入江があり対岸の左手には大村市の街が見える。
上り坂の途中で右足の土踏まずが痛み出して歩行も困難になった。初めての体験である。喜々津の34号線まではまだ数キロはありそうだ。バスに乗ろうにも207号線はバスは朝夕しか通っていない。さあ〜てどうしょうかな、取り敢えず包帯をきつく巻いてみた。暫く我慢して歩いていると痛みが和らいできたが腰は相変わらず痛む。
そんなこんなで34号線に出たときは12時35分になっていた。調子がよければ大村駅までと思っていたが、ここで再リタイア、宮崎さんに連絡して収容してもらう。吉木さんも車に乗っていた。
3人が完走
西諫早で走ってくる田中さん、松崎さん、篠田さんを待ったが、道が分かりにくく、宮崎さんが探しに行ったりして収容に時間をとられた。
矢野さん、高田さんは山口さんの車に収容されており、走っているのは、先頭から恵村さん、吉田さん、佐藤さんの3人だけになっていた。
嬉野に戻る。まず佐藤さんに追いついた。吉田さんを追い抜いたのは千綿辺りだったように思う。
おっ、矢野さんが走っている。東彼杵から再スタートしていた。最後のきつい上りに挑戦するとは根性の人だ。菅牟田のバス停を過ぎて恵村さんに追いつく。ウエストバッグだけの軽装で頑張っている。優勝は決定的だ。
一休荘に着いて一休み。ゴールインしてくる勇者を迎えに外に出ると宮崎さん、山口さんも待機していた。
足に巻き付けていた包帯をテープ代わりに使う。
16時47分、恵村さんがゴールイン。シューズを脱ぐと左親指先が出血していた。
17時18分、吉田さんがゴールイン。昨年に続き2年連続の完走だ。
17時33分、矢野さんがゴールイン。よく頑張りました。
18時09分、佐藤さんがゴールイン。極度の疲労で目が霞んでいるとのこと。本当にお疲れ様。
完走した3人は、20時5分のスタートだったのでゴールインタイムは、5分差し引くこと。
19時からの懇親会には、ハウステンボスでリタイアしてその日の内に帰宅した2人を除いて全員参加。
山口さん手作りの陶器の優勝カップの授与があり、おなじく山口さん作のメダルを参加賞とし全員が頂く。
次回の大会に対する希望意見などを語らいながら話は何時までも続く。
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優勝カップ授与式 手作り陶器のカップを、カップの作成者山口さんより受け取る恵村さん。タイムは20時間と42分。昨年の宮崎さんの20時間20分には及ばなかったものの厳寒の中を見事である。 |
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優勝カップを高々と掲げ初完走での優勝を喜ぶ恵村泰尚さん。 このあとなみなみと注いだビールを回し飲みしながらウルトラマラソンに参加出来る健康を喜びあった。 |
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伊万里市から参加の池田孝行さん。 「今年も苦しくて楽しく、又、和やかに2日間を過ごしました。 又、来年も楽しみに待っています。 来年は完走します。 皆さんも再会を楽しみに頑張って下さい。」 |
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福岡から参加の恵村泰尚さん。 「前回はリタイアのためとにかく完走を目指した。一人で走ると体力の消耗が大きいと思い、佐藤、吉田両氏のハイスピードに必死でついて行った。そのため余裕を持って長崎市に到着でき、後半の好調ランができた。佐藤、吉田両氏にあらためてお礼を申します。」 |
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さくら道270kmの呼びかけ人、福岡は前原市の酒井飛峯さん。 「来年も参加します。」 |
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佐賀市の佐藤三郎さん。本大会の呼びかけ人。 「皆様に盛り上げていただき大成功に終了することができ大喜びしています。山口様、酒井様、宮崎様、多久島様には、サポート本当にありがとうございました。是非、来年も実施して欲しいという事でしたので、新しいバリエーション(好きなように自分でコースを作る)も取り入れてやってみたいと思います。皆様のご参加をお待ちしています。」 |
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東京都から初参加の篠田雲峰さん。 「大村湾ウルトラマラソンに参加しました。一周160kmのところ、肝心の大村市を通過することなくリタイアしました。」 |
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東京から福岡県甘木市に単身赴任中の高田久芳さん。 「 ”ささ通信”です。 飛峯さん。見野さんよい先生のおかげで夢の単身赴任生活も2年、楽しくやっています。みのむし先生のご指導で、近々”ささ通信”のホームページを開設します。よろしくお願いします。」 |
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地元嬉野町の多久島恵子さん。 「わずか3人で始まった(平成9年)この大会ですが、だんだん仲間が増えて楽しい限りです。まだまだ全コースはむりですが一部、走ったりサポートのヘルプをしたり何かの形で参加し続けたいです。」 |
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福岡市の田中節子さん。 「昨年は風邪で出場できず、今年も完走出来ず、特に寒さの中でのランの厳しさを知りました。 もっと笑顔で走れたらいいな!」 |
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福岡市からの松崎英二さん。 「昨年は130キロ、今年は100キロとなかなか完走にはほど遠いです。 ウルトラの難しさを改めて感じました。 サポートの方々2日間ありがとうございました。」 |
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福岡市在住の見野容さん。 「2年連続のリタイアでしたが、今年は嬉野〜ハウステンボスと、バイオパークの先〜時津〜(海岸通り)〜喜々津までを走りました。気ままに好きなところだけを走りサポーターには大変ご迷惑をかけました。 250〜270kmを4年連続完走の記録を持っていますが、最近はリタイアばかりしています。やはり歳でしょうかね!」 |
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嬉野町の宮崎敏郎さん。 「昨年はこのコースを20時間20分で走りましたが、今年は故障のためサポートにまわりました。来年は、記録を破りたいと思っています。」 |
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福岡市から参加の矢野和江さん。 「昨年に続き、凝りもせずまた参加させていただきました。今回はサポートがつきリュックが軽くてとても助かりました。マイペースでゆっくり行ったのですが50km過ぎの下りで右ひざにきてしまい、どんどんペースダウン。でも走っている人の姿を見て、最後だけでも走れたらと残り21kmを走り明るい景色をしっかり楽しませていただきました。皆様に感謝です。」 |
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佐世保市の陶芸家山口忠俊さん。 今回手作りの焼き物の優勝カップを提供して頂き、また焼き物のメダルも参加者全員が頂いた。 「今回はサポートしをさせていただきました。皆様の走りを見て、僕も1から出直したいと思います。 明日髭を剃り頑張ります。」 |
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福岡市の吉木三孟さん。 「マラソンは初級ですが、囲碁は五段。囲碁(以後)よろしく。」 |
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佐賀県基山町の吉田健治さん。 「おかげさまで2年完走できました。しかし、このコースはきつい。 勝ち負けでいうなら場、今年も負けてしまった。 来年こそは自分の走りを楽しみたいと思う。 [でぶがえる 負けるな一茶 ここにあり]」 |
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山口さん手製の陶器のメダル。 参加者全員が首にかけてもらった。 |