び わ 湖 畔 一 周 マ ラ ニ ッ ク

 4年振りの『びわこ畔一周マラニック』である。
 4月の『 '97さくら道270kmウルトラマラソン』以来のウルトラマラソン参加で 懐かしい顔が多い。また、サポーターの人達は全員存じ上げていたので余計に懐かしい。
 ウルトラマラソンに参加したのは、昭和62年の六甲全山縦走タイムトライアルが最初 であった。
 63年には、サロマ湖100キロマラソンに出場。
 平成2年の山口100萩往還マラニック120キロに参加。
 4年には還暦記念に250キロに参加、リタイア知らずの快進撃であった。
 第1回、第2回の「さくら道」を完走。
 第1回の「さくら道」に参加したことが縁となってトランスアメリカフットレースのス テージランにも阪本真理子さん、金井さんとともに参加した。

 昨年の「さくら道」でシューズ「サロマ」を使用したのがいけなかった。豆は出来るは 足は痙攣するは、惨憺たる有り様であった。しかし、このときはシューズがいけないとは 夢にも思わず、走り込み不足が原因だと思っていた。
 8月の「塩の道」にもサロマを履いて走り、またも惨憺たる状況に至って初めてシュー ズの不良がリタイアの原因だと断定した。
 以後まる1月間は練習も出来ないままに、「関西周遊山岳マラニック」に参加してまた もリタイア。今度はシューズの所為でなく、明らかに走り込み不足であった。
 以後、走り込みに努めたが、如何せん、インターネットのホームページを作成しだして から、走る時間が取りにくく、月間目標の300キロは愚か、150キロがいいところで あった。
 「さくら道」以降、再起を図って近くの立花山(367m、往復2時間少々)登山で強 化訓練に励んだ。
 そうして、「びわこ畔一周マラニック」に臨んだ。

 9月20日9時、長浜城前を約40名がスタート。
 参加者の約半分は萩往還等での顔馴染みであった。
 ウルトラマラソンの醍醐味は、道中が長いこともあって、いろいろな人と出会い、友達 になれることである。フルマラソンやハーフマラソンでは仲々そうはいかない。わき目も 振らずに懸命に走り、ゴールインしたら仲間同志で集まってしまい、新しい仲間が出来る ことは稀である。
 爽やかな秋空の下、お互いの消息を話たり、澄んだ湖水の風景をカメラに収めたりしな がら楽しく走っていたが、15キロ辺りの片山トンネルの中で急に足が重くなりスピード が落ちて一緒に走っていた人達から次第に引き離されてしまった。
 第2チェックポイント(以下CPと記す)の奥琵琶湖ドライブインで昼食をとる。食欲 は旺盛、天麩羅うどんが旨かった。水も十分に補給した。
 小森さん、金増さんと連れになって、湖面を滑っているウインドーサーフィンを眺めた りしながら専ら歩いていたら、31キロ辺りの峠では最終ランナーになってしまった。
 ここの峠で西原さん夫妻がまだよちよち歩きの子供さんと一緒にエイドを出していた。
 陽射しが強く暑いので幾ら水分を補給しても忽ち汗になって放出してしまうのでエイド の度に水分だけはたっぷりと補給した。
 一緒にサポートしてしている、和歌山城〜高野山往復ウルトラマラソンを主催している 西峰さんに琵琶湖をバックに写真を撮ってもらう。
 上りは遠慮なく歩き、下りは走るのが私のウルトラマラソン走法。峠からの下りは1人 先行となった。
 第3CPの先では、浅井さんエイドが肴を焼いてのサービス。
 鰯の味醂干しを焼いてもらう。「ビールもあるよ」と勧められたが、今回は禁酒断行。  4月の「さくら道」をリタイアしたのは、どうも郡上八幡のエイドでビールを頂いたの が遠因ではなかったかと反省していたからである。
 追いついてきた小森さんと、一緒になったり離れたりしながら風車村に着いたのは、す っかり暗くなった18時半だった。

 第7CPの白鬚神社では、浅井さんのエイドが素麺を茹でて待っててくれた。
 十二分に御馳走になり水分もたっぷりと補給して、先着していた、游さん、岩田さん達 4人グループを誘って走りだす。
 舞子駅の手前の分岐では、門さんに教えてもらったり、舞子駅から次のCPまでは、道 に迷ってうろうろしたり。

 星明かりの湖水に腰まで浸かって釣りをしている人がいる。「ご苦労なことだ」とつぶや いたが、相手もわれわれを見て同じ事を考えているだろうなと思わず苦笑した。

 八所神社の堀池さんのエイドで休んで、リュック忘れて出発、気がついて取りに戻った ら途中まで、堀池さんが走って追いかけてきてくれたり、いろいろ思い出に残る出来事が あった。
 第10CPの今堅田(98.6km)に着いたのは日が変わった2時05分だった。
 森さんグループによる温かいカップうどんの御馳走。元気100倍。
 休憩していた吉木さん(福岡から初参加)を誘って出発する。数人休んでいたがついて こない。
 岡山で迷っているところを、またまた門さんに助けられ第17CPの長命寺前に到着し たのは6時40分だった。スタッフ全員集合しており、温かいお粥がサービスされていた 。鮭の炊き込みご飯も御馳走になる。
腹ごしらえをしたあと、居合わせた人たち4人で、 800余段の階段を一気に登る。普段、駅の階段を登るときも膝の痛み感じているので、 心配だったが無事に登ることができた。不思議なものだ。気合が入っていると痛みなどは 何処かに吹っ飛んでしまうものらしい。
 門前で記念撮影していると阪本真理子さんが登ってきた。彼女は今年の4月から77日 かけてオーストラリア4200キロ横断をなし遂げた偉人である。
 下山して態勢を建て直し、阪本さん、出村さんの3人で出発した。
 睡魔に襲われ、道端にしゃがみこんで一瞬まどろぶ。
 目を開けると出村さんの姿が右の物陰に隠れたところだった。すぐに2人を追う。
 第18CPの水車橋では、森さんのエイドで氷水も貰い生気を取り戻す。
 彦根の市街地に入ると、蒸し風呂のように暑い。足の裏が火照って耐えがたい。アイス クリームをなめなめ頑張る。
 市街地を抜けると水泳場がありモーターボートがけたたました走り回っている。
 「小鳥たちも騒音は嫌いです」の立て看板があったが、この程度の警告では暴走族には 、馬耳東風だろう。
 爽やかな風が出て、幾らか蘇る。
 豊公園横のロイヤルホテルが近くなった。
 大きな黒いドームの近くで門さんが給水していた。
 「何がいいですか」に「冷たい水」を求めると、ありました。氷水が。
 これで息を吹き替えした。氷が入ったコップを貰って走りだす。2時半丁度。
 足の先まで冷えたような感じで走りが楽になった。
 走った!走った! 全力で。

 「ドリンク如何ですか」と見知らぬ美人。一瞬たじろんだが「有り難う」と頂き、ゴー ルに向かって驀進(?)する。
 スタッフ達の拍手の中、西峰さんがカメラを構えたゴールに飛び込む。
 3時07分。
 30時間7分。満足できるタイムではないが、昨年来のウルトラマラソン連続リタイア に歯止めをかけた喜びは大きい。
 梅野さん手作りの肴で冷えたビール。感謝感激の一刻。
 少し落ち着いて辺りを見回すと、あれぇ、先程の美人がいるではないか。
 夜叉ヶ池伝説マラニックの野村さんの奥さんであった。

 スタッフの皆さん、本当にお世話になりました。有り難うございました。
 今後ともよろしくお願いします。


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