平成10年2月13日20時、13人のランナーが嬉野温泉をスタートした。
地元佐賀県の宮崎さんや佐藤先生の呼びかけに応じて参加したランナーは、北部九州の面々。大分県1人、福岡県7人、長崎県1人、それに地元佐賀県の4人。
嬉野温泉在住の宮崎さんのお世話で、JRバス停前の温泉旅館「一休荘」で着替え荷物を預ける。一休荘前がスタート地点でありゴールである。
温泉街の旧長崎街道を駆け抜け国道34号線に出る。
天気は夕方から雨になるという予報であったが、星が出ている。暖かく走りやすい。
山の端から十六夜の月が顔を出した。
下りから上り坂となる。この峠の近くには俵坂番所跡があり大きな領境石が立っているのだが、厚い雨雲に遮られて星明りも届かない。記念写真でも撮りたいところだが先頭集団はすでに姿(背中の点滅灯が)が見えない。
俵坂峠を越えると急な下り坂となる。吉木さんと肩を並べて下っていたが少しずつ離される。明るければこの辺り(菅無田)に千部塔の大きな石碑が見られるのだが残念である。大きなカーブに差し掛かる。ガードレールの取り付けられた注意灯がずらりと点滅している。ここの左手の土手を登って竹藪の中を抜けると長崎街道筋で唯一の一里塚跡がある。後ろから来る数人を待って一里塚の説明をする。
高田さんと並んで走っていると稲妻が走り雷鳴が轟き出した。
高田さんから次第に離されて再び一人旅となる。
21時半にはぽつりぽつりと落ちてきたが、たいした雨にはなるまいとたかをくくっていた。何しろ最近の予報は外れっぱなしだから。
次第に本降りになり止みそうな気配はない。それぞれコンビニの軒先や自販機の軒下を借りて雨支度をする。
千綿郷の先にも大きな千部塔があるが、他の千部塔とは少し変わった経歴を持っている。廃仏毀釈を逃れるために「猿田彦大神」と上から彫っている。
気をつけて走ったが全然見えなかった。
今日の10時、酒井さん(さくら道の呼びかけ人の1人)と長崎本線の北方を出発して長崎街道の別ルート塩田道(28km)を探訪し18時前に嬉野宿に到着したが、この疲れが出てきたのか、足が重くなり、しんがりを勤めることになった。
コンビニに寄っている人たちを抜いては追い越されたりしながら何とか付いて行く。
大村を過ぎると雨は土砂降りとなる。ひたすら走っていると駅で仲間が雨宿りしている。仲間入りする。駅は岩松駅、数人も入れば一杯になる小さな無人駅であった。中で雨宿りしていたのは佐藤さん、川野さん、松崎さん、矢野さんの4人だったように思う。
小降りになったのを見計らって飛び出す。
走ったり歩いたりしながら日見峠の長い坂に辿り着いた。街路灯が遙か彼方まで続いている。強烈な睡魔が襲ってきた。用意のブラックガムを噛んで紛らわすがいくらももたない。またすぐ睡魔がやってくる。切腹坂も夢うつつで通りすぎた。ガードレールにぶつかってハッとしたり、一度は植え込みの木にぶつかって我を取り戻した。長かった坂道も終わり日見トンネルに入るとここには歩道がない。車が多く轟音がすざましい。恐ろしい思いで駆け抜けた時は丁度6時であった。
ここからは下る一方、長崎駅前の吉野屋に到着したのは7時18分であったが、仲間はだれもいない。牛丼を頼んで店員に聞いたら10分くらい前に出ていかれましたよとのこと。長崎バスセンターに行って1時間ほど仮眠する。
長崎からオランダ村までバスに乗ることにした。丁度やってきた9時27分発に乗る。乗客は私1人。一番前の席に座って運転手に話かける。彼も乗客がいないのに気を許していろいろと答えてくれる。
矢野さんの姿を発見。長崎から15kmかなと運転手。次に松崎、川野さんの二人連れ、次に恵村さん、もっと先だろうと思ったのに調子がよくないのかな。その先に佐藤さん。さらに吉田さんが頑張っている。おっ、吉木さんも頑張っている。バスで1分先に高田さんがリュックを下ろして何やら取り出している。
皆一生懸命に走っているのに一人バスに乗って申し訳ない思いであった。オランダ村に10時20分頃到着。バスから降りると、吉木夫人が待っていた。
オランダ村から先は未知の世界だから、なにがあるか期待も大きい。
西海橋に到着。手前には公園が整備されており、食堂や土産物屋もある。橋に差し掛かると、歩道がない。欄干に身を寄せて走り抜ける。
山間部を抜け勝負坂を過ぎると江上湾が見えだした。右手の湾の対岸がハウステンボスのようだ。青く長い橋が2本対岸に向かって伸びている。
足の裏が熱を持ってきた。燃えるように熱い。道端に腰を下ろしシューズを脱いで足 の裏や指先にバンテリンを塗り込む。バンテリンは昭和63年サロマ湖100kmに参加したときから愛用しているが、効果は抜群である。数分で効果が現れ2〜3時間は持続する。多くのウルトラマラソンで完走できたのもバンテリンによろところが大きい。
走り出してしばらくすると、吉田さんが追ってきた。彼の前を走っていた吉木さんはオランダ村でリタイア。高田さんは後ろを走っているという。足の手入れをしたので元気を回復、彼の前に立って走る。
ハウステンボスの案内板を見て右折したが、道路の曲がり具合が地図とは違う。近くの家で確認したら、やはり違っていた。更に走ること2km、信号で右折する。
川沿いに下って針尾橋を渡って国道205号線に出る。針尾橋はハウステンボスの開設が架け直されたのだろう。芸術的な欄干が見事であったが、強風にあおられてか塗装があちこち剥げていたのが痛々しい。
橋を渡ったとたろでハウステンボスをバックに記念撮影。丁度15時。ちょっと時間がかかりすぎたきらいはあるが、残りの距離は30km、残りの時間は5時間。最後の13kmが登りであることを考えると時間内のゴールは絶望的でる。しかし、吉田さんは若く、ウルトラマラソンの経験も豊富である。
「私は、東彼杵まで走って、そこからはバスか何かで帰る。吉田さんの足ならまだ間に合うよ。頑張りなさい」と尻を叩く。
「頑張って見ます」と勢いよく走り出した。
一段高くなったハウステンボス駅から酒井さんと佐藤さんが手を振って
「電車がすぐ来るよ、乗らんの」と乗車を誘ってくれる。
「東彼杵までは走るから」と先を急ぐ。
前方にまた坂がある。吉田さんがその坂に差し掛かって振り返った。頑張ろうかどうしようかと一寸迷った様子が見えた。
吉木さん夫妻が車を止めて待っていた。今夜は佐世保に止まることにしたという。別れを告げて先を急ぐ。
17時過ぎて小粒の雨が降りだした。雲は切れており降りそう空模様ではいが次第に強くなってきた。コンビニの軒先を借りてリュックの荷物をビニール袋にまとめる。雨の中、下りや平地は走り、登りは歩きながら気分は爽快である。予てからの願いであった大村湾一周を果たせると思うと脚は軽くなる。
東彼杵の町に入った。思ったより大きく垢抜けのした美しい町だ。
嬉野に行く34号線との合流点の角にタクシーがあった。迷わずに乗る。丁度18時であった。雨に濡れながら頑張っている吉田さんを追い越しながら、「頑張ろう」と声をかけてる。
一休荘について見ると佐藤さん、高田さん、池田さん、矢野さんが既に到着していた。 完走者は3人でトップは地元の宮崎さんが22時間40分、次が佐世保の山本さんが23時間、3位がまもなくゴールインする筈の吉田さん。他はオランダ村やらハウステンボスで思い思いにリタイアしていた。
恵村さんもオランダ村でリタイアして一休荘に到着後早々に帰宅したとのこと。
宿が用意してくれた簡単なつまみと握り飯を肴に酒盛りをしていると19時半に吉田さんがゴールインした。暫くして川野、松崎の両氏が戻ってきた。なんでもハウステンボスの中に紛れ込んで、2時間位あっちこっちと彷徨っていたという。雨の中を本当にご苦労さんでした。2人はそれでも大満足だった。ひとしきり疲れも忘れて話が弾む。
翌朝は7時から朝食、温泉豆腐の湯豆腐に舌鼓を打つ。
帰りには宮崎さんがお土産にと温泉豆腐を1人当たり三個と温泉の湯をボトルに1本づづ用意してくれた。お世話になった上にお土産まで頂いて感謝感激である。
帰りはそれぞれが自家用車やバスを利用する人もおり8時半に解散する。
吉田さんと私は、高田さんの車に同乗する。基山のインターで吉田さんが下りたが、近くの領境石を見て、三国山にも登り長崎街道について情報交換を行って分かれた。
今回も何人かとの出会いがあり楽しいウルトラであった。
帰宅後、体脂肪を図ったら何と13%に減っていた。体重は何時もと変わらず62.4kgだったが。ちなみに普段の体脂肪は18%前後である。こんなに体脂肪が減るとは新発見であった。
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