第4回東海道五十三次遠足 第2ステージ〜第6ステージ参加記

(平成6年12月30日〜7年1月4日)

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◆535Kmの遠足
 年末から年始の休みを利用して国内で最も過酷なサバイバル大会が開催された。
 暮れは28日夜8時に東京・日本橋(日本国道路元標)をスタート、旧東海道、姫街 道、佐屋街道を通って1月3日夕方から4日午前中に京都・三条大橋までの535キロを 駆け抜けようという企画である。
 途中のサポートは一切なし。荷物の運搬もなし。
 自分のものは全て自分でリュック等にいれて運ぶという、申し分のない過酷極まる大会である。

 区間、距離、門限などは次のとおりである。
ステージ

 1

 2

 3

 4

 5

  6

  月日

12/28-29  

12/30

12/31

 1/1

 1/2

 1/3-4

   スタート地

日本橋・道路元標

沼津駅南口

静岡駅北口

浜松駅北口

岡崎城天守閣下

近鉄四日市駅南口 

   ゴール地

〜沼津駅南口 

〜静岡駅北口  

〜浜松駅北口

〜岡崎城天守閣下

〜近鉄四日市駅南口

〜京都・三条大橋西詰

  距離  発  着

 125Km  20:00 21:00

 62Km  6:30 19:00

 84Km  6:30 23:00

  72Km  6:30 23:00

  84Km  6:30 23:00

 108Km  6:30 23:00

          合  計  535km

 全ステージ535キロに挑戦した人は19人。
 1つのステージだけに参加する人、複数のステージに参加する人など部分参加者の数は 20数人。
 小生は第1ステージの125キロに怖じ気付いて、第2ステージからの参加を申し込ん だ。第2ステージから足を慣らしながら距離を延ばしていけば何とかなるかも知れない。  それにしても410キロは、長い長い距離である。
アメリカ大陸を走っている阪本さんと金井さん
 昨年の8月、トランスアメリカ・フットレースのステージランのツアーに参加して第 59〜63ステージで333キロを走ったことが最長の経験である。
 ただしこの時は、荷物は水筒1本と20ドルだけでよかったし、2マイルごとにサポー トがあった。また全て自動車道であった。

◆沼津に入る
 12月30日17時頃、沼津のグランドホテルに入る。顔見知りの酒井さん、小森さん がゴールインしたところだった。
 ロビーで休んでいると 「みのさんですね。ニフティサーブの書き込み読みました」 と自己紹介したのは、ゼッケン33の出口裕子さん(第1ステージだけ参加)。
「他にも仲間がいます」 とゴールインしたばかりの田辺さん(全ステージに参加)、平松さん(第2ステージまで 参加)を紹介してくれた。
 シューズの横に MINO と書いていたので分かったらしい。
 常々、走友にはパソコン通信をする人が少なく残念に思っていたので、今度3人もネッ トの仲間が増えたことは非常な喜びである。

 駅の2階の食堂街に行く。なんだかチャンポンを食べたくなって中華料理店を何軒か覗 いたが、ラーメンや皿うどんはあるのにチャンポンはない。チャンポンは九州にしかない のだろうか?先日、名古屋や大阪でも探したが見当たらなかった。
 地下に降りて、暖簾をくぐる。焼きとりで1本付けてもらったが、1人ではどうも美味 くない。早々に飛び出して皿うどんで我慢する。帰りに、稲荷寿司を買う。
 21時、ミーテングの時間である。ロビーに集まって、本大会の呼びかけ人である田中 さんから第2ステージに付いての注意事項や説明がある。
 途中で電話が入り「いま箱根関所跡です」と連絡がある。まだ23キロ残っている。
 まだ、何人か到着していないようだった。そういえばアメリカを一緒に走った阪本さん も参加しているのだが、まだ戻っていない。
 部屋に戻って稲荷を半分食べ眠りに就く。


・ まえがき
第2ステージ 沼津宿〜府中宿 62km
第3ステージ 府中宿〜浜松宿 84km
第4ステージ 浜松宿〜岡崎宿  72km
第5ステージ 岡崎宿〜四日市宿 84km
第6ステージ 四日市宿〜京都・三条大橋 108km



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