第4回東海道五十三次遠足
<<第5ステージ 1月2日>>岡崎〜四日市 84キロ
◆岡崎城天守閣下を出発
5時半起床、お粥を温めて朝食にする。デザートにはプリン。
元気にスタート地点岡崎城の天守閣下に向かう。
昨日は地元の元旦マラソンに参加して、遠足の方を欠席した金子さんが、今日は参加し
ている。
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| 天 守 閣 下 に 勢 揃 い |
例によって全員で記念撮影のあとスタートする。
風は治まり天気は今日も上々である。
昨日、藤川で出迎えてくれた若穂井さんの顔もある。
岡崎を出てすぐ矢作川に掛かった矢作橋。太閤秀吉が日吉丸といっていたころ、橋の上
に寝ていて蜂須賀小六に拾われたという有名な話の矢矧橋は、この橋のことなのか。岡崎
の近くにはこの矢作川しかない。
(注:人文社の河川一覧によると、矢矧川は福岡県の芦屋町を流れている小さな川。矢
作川は長野県根羽町に源を発し、岐阜県を経由して愛知県岡崎市を流れ知多湾に注いでい
る大河川である。昔は矢矧の字を充てていたのだろう。両方とも「やはぎ」と読む。)
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| 池 鯉 鮒 (知立) 馬市 |
旧道に入ると、道路の両側の松並木が当時の面影の残している。
今日も篠田さんと2人旅となりそうである。
◆知立宿・松並木
広い二車線の道路の両側に松の並木が続いているが、江戸の昔にこんな広い街道があっ
たのかなと疑問が湧く。
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| 松 の 並 木 |
来迎寺の一里塚を7時48分に通過。
馬市跡の碑で写真撮影。広重の池鯉鮒(知立)は馬が数頭づつ群がっている馬市の様子
を画いている。その跡の碑である。
◆有松の井桁屋(服部家)
馬市跡から約15分で知立古城址の案内図と解説を書いた大きな看板があった。
「国指定史跡、阿野一里塚」と大きな標柱が立っているところを9時19分に通過。
萩往還以来あちこちのウルトラマラソンで一緒になっている大山さん夫妻が応援に来て
くれていたのは、この辺りだったろうか。
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| 井 桁 屋 |
20分走って左の桶狭間古戦場跡に寄る。公園になっており灌木が丸く剪定されており
古戦場の面影は全くない。
鳴海は有松絞りの産地。井桁屋は絞り屋の老舗なのだろう。長い軒を連ねた旧家であ
る。正月2日とあって街並みは静かなもの。人1人見かけない。9時52分。
◆鳴海宿・誓願寺
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| 鳴 海 名物有松絞 |
井桁屋辺りから江戸情緒豊かな街道を走って10時17分、誓願寺を通過。ここには、
最古の芭蕉の供養塔がある。
◆宮宿・七里の渡し跡(常夜燈)
歩こう会の人達だろうか、路地から次々に現れるウォーキングの1団と出会う。
こんもりと盛り上がった土山にしがみつくように根を降ろした大きな樹は、笠寺一里塚
であった。
数分先の石橋の向こうに、大きな門構えの笠寺観音があった。
石橋の手前で拝んで通り過ぎる。
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| 笠寺の一里塚 |
宮の渡しの近くで陸橋を降りて来る西村さんを見つける。
「陸橋を降りたらすぐ渡しですよ」と教えてくれる。
陸橋を降りてしばらく行っても渡しらしいものがない。通り掛かりの子供に尋ねたら、
「左の道を突き当たって、また左に行くといい」と教えてくれた。どうも陸橋の降り口を
間違えたらしい。
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| 宮宿・七里の渡し跡(常夜燈) |
宮の渡しに11時37分到着。
ボランティアの夫婦がいろいろ食料や飲み物を用意してくれていた。
篠田さんと何処か食堂を見つけて食事をしようと話しあっていたが、ここのサービスを
昼食替わりにすることにした。握り飯を3つもらい水を何杯もお代わりする。いろいろな
飲み物があったが、水が1番である。
千田さんがやって来た。やはり食料や飲み物を用意してくれていた。
宮は熱田神宮の門前町で、昔、東海道は宮から海上を桑名まで船で渡った。
海上で七里の距離だったのだろう。
現在は埋め立てられて名古屋港になっているが、港までは堀川を1キロ近く下ることに
なる。
整備された公園には、「七里の渡し舟着場跡」の説明や広重のレリーフがあり、大きな
櫓になった常夜燈もあった。
御馳走になったお礼を述べて別れを告げ、公園の端から全体をカメラに収めたとき、丁
度、越田さんがマウンテンバイクで着いたところだった。
熱田神宮は参拝客でごった返していた。
◆岩塚宿・光明寺の黒松
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| 光 明 寺 の境 内 |
この辺りには「ひち○○」と○○に屋号の入った看板が目につく。何だろうと不審に思
っていたら「ひち」とは質のことで質屋の看板だった。
東京の下町では「ひ」が発音できず「し」になる。日比谷も「しびや」と発音するが、
名古屋は、その反対らしい。
国道13号線を北上、名鉄名古屋本線の金山駅前で左折して佐屋街道に入る。
歩いている吉川さんに追いつく。
光明寺に13時15分到着。
境内に入り腰を降ろして荷物になっている蜜柑を配る。
20分近く休んで光明寺を出る。
◆万場宿・砂子橋西詰
庄内川の土手に突き当たって右に折れ万場大橋を渡り、土手を下るのを間違って直進す
る。
直ぐに気がついて引き返したが、この間に遅れていた吉川さんが先になってしまっ
た。
土手から右折して佐屋街道に降り、右折、左折を繰り返しながら西北に進む。
小さい新川の砂子橋の西詰もチェックポイントになっている。13時52分。
◆神守宿・神守一里塚
歩いている田口さん、浅井さん、小森さんの3人組に追いつき暫く一緒に歩く。
この3人組は、本当に東海道を楽しんでいる。
田口さん曰く
「競技として一生懸命に走るのもよし、完走を目的に頑張るもよし、明るい内にゆっく
りと街道の風景を楽しんで暗くなって周囲が見えなくなったら乗物でホテルに行くのもよ
し。いろいろあるだろうが、今年はゆっくり楽しむことにしている。明日も途中まで乗物
で行って、鈴鹿峠やそれから先の街道を楽しんで暗くなったら電車で京都に行く」と。
ふむ、そんな楽しみ方もあるのか。でも、今回はできるだけ完走を狙うことにする。
次第に小森さん達が遅れ出した。田中さんも彼らに合わせてペースを落とす。
篠田さんと2人、先を急ぐ。
神守の一里塚に14時46分に着く。盛り土をしっかりと根で掴んだ大樹は榎かな。
◆佐屋宿・三里の渡し、舟着場跡
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| 三里の渡し、舟着場跡 |
名鉄尾西線を越えて左折し3キロほど南下すると、三里の渡し跡である。
この辺りに川らしい川もないのに、何故渡しがあるのか?と疑問に思う。
◆桑名宿・七里の渡し跡
黄昏だした。木曽川に架かった尾張大橋で夕日を拝みたいと足を早める。
篠田さんが必死でついてくるのもお構いなしで駆ける。
篠田さんは変に思ったことだろう。
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| 黄昏た木曽川 |
夕日は沈んでいたが、1号線の鉄橋(尾張大橋)と近鉄名古屋線に挟まれて暗くなりか
けた水域、明るさが残っている前方の空。一幅の画である。
追いついて来た篠田さんに立ってもらってシャッターを切る。
1000mもありそうな尾張大橋を上流の風物を楽しみながら、歩道の凹凸に気を配る。
次は伊勢大橋。長良川に架かった橋である。長良川は日本で唯一ダムがない川だっ
たが住民の反対を押し切って建設され近く完成予定の長良川河口堰である。
下流を見ると、何だか宇宙人の頭を思わせるような丸いものが幾つも柱の上に乗ってい
る。思わず
「篠田さん、下流を見てごらん。あれが河口堰でしょうね」
暗くて輪郭しか見えないのが残念である。(週間現代2月4日号に「河口堰は世紀末ア
ート」と題して写真が載っていた。ゲートの巻き上げ機の室が丸く覆われてモダンという
べきか、へんちくりんというべきか、どうも奇を衒った建造物としかいいようがない代物
である)
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| 桑名宿・七里の渡し跡 |
橋の中央辺りで反対側の歩道を吉川さんが追い抜いていく。彼には何度抜かれたこと
か。土手があって今度は、揖斐川になっている。1本の橋が2つの川に跨がっていると
は面白い。日本でも唯一ではないだろうか。
夜叉ケ池伝説マラニックで遡る川が揖斐川の上流である。
星が瞬く揖斐川の土手を約1キロ半下って桑名宿の七里の渡し跡に到着。6時30分。
大きな解説板がある。川の方にも図や解説文の大きな看板がある。明るければいろいろ
面白いものが見えるのだろうに。昼間ゆっくりと見物したいものである。
◆朝明川の常夜燈
すぐ近くに公園があり、ミニ東海道と銘うった各宿場の模型が約50mにわたって並ん
でいた。ゆっくり眺めたいところである。
街道を求めて右に左にと折れる。
暗がりの中、対面から誰やら走ってくる人がいる。
すれ違いに挨拶すると、その男は立ち止まって
「八重樫です」
「おう八重樫さんですか、見野です」
彼とは、昨年の夜叉が池伝説マラソンで一緒だったし、また和歌山〜高野山往復ウルト
ラマラソンの前夜は夕食ともにした仲である。
「義士会マラソンがあってそっちの方に出ていたので遠足には参加出来なかった。今日
終わったので、京都から逆のコースを走ってきたところです」桑名まで走ってそこから電
車で帰るとのこと。しかし凄い人もいるもんだ。本当に走りを楽しんでいる。
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| 朝明川の常夜燈 |
星明りの中に朝明川の土手らしき物が見えてきた。常夜燈は行き過ぎたかなと、少し引
っ返してみる。地図を確認すると川の手前を斜めに走っている道にあるようになっている
が、見当たらない。近くの住宅の呼び鈴を押す。
出てきた若い男が地図まで持ち出して調べてくれたが、分からない。
奥に入って家人に聞いている。
「それは土手の上にあるよ」と奥の方から声がする。
お礼を述べて土手に上ると大きな石造りの常夜燈があった。何のことはない。地図に所
在を落とすときの間違いである。
呼びかけ人の田中さんが、
「あちこちに間違いがあるから十分気をつけるように」といっていたっけ。
◆四日市宿
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| 四 日 市 三重川 (三滝川) |
JR関西本線の富田駅の横で線路を渡って国道1号線に出た。
どうやら道を間違えたようだ。
いずれ先で一緒になるのだからとそのまま進むことにした。
ミーティングの時間までにホテルに到着しないときは電話を入れるようにとのことだっ
たので20時56分、篠田さんが電話で報告する。
あと5キロくらいだから10時までには着くだろう。
海蔵橋を渡って左にとり街道に入る。
「すぐ江戸道」と彫り込んだ大きな石柱を見つけて写真を1枚。
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| 近鉄の四日市駅東口に到着 |
近鉄の四日市駅東口に飛び込んだのは21時51分だった。
四日市シティホテルに着いたのは丁度ミーティング終わった時だった。
取り敢えず部屋の冷蔵庫のビールで乾杯しながら記録を整理する。
今日は1日、殆ど2人連れの気楽な旅であった。
明日、篠田さんは帰るという。別れの杯を酌み交わしたいと思い、外に出ようと誘った
が、遅いからと断られて1人で出た。
ホテルを出るとき、玄関先で戻ってきた阪本さんに出会った。彼女も毎日よく頑張って
いる。大した根性の持ち主である。
ホテルの前の通りに暖簾を見つけて入ると、若い連中が10人くらいいて、カラオケで
喧しいこと。
空いていた席に座って、サバの塩焼きや串焼きと大根おろしなどを肴にしてビールと酒
を1本。
隣の兄ちゃんが、感心していろいろと尋ねて自分にも出来るだろうかと聞く。
「ああ、やる気さえあればと体力なんてなんぼでも出来るよ」と発破をかける。
若い女将は鹿児島の出身だと話していた。
飯は品切れというので卵焼きで腹を満たす。
23時40分、ホテルに戻ったら荒屋さんが到着したところだった。
明日の天気予報は、曇りのち雨。
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