LASDEC海外研修・パリ編
LASDEC海外研修・パリ編


10月27日(月)


 インターシティ国際特急列車でパリに移動。
 市内視察。
 カルホルニヤ・ホテルに泊まる。

10月28日(火)
 パリの特徴は広場から放射状に道路が出ていることである。
 道路は少ないところで6本、多いところでは12本、よっぽど気をつけないと直進のつ もりでも違う方向に行ってしまう。
 シャンゼリゼ大通りを西に向かって、凱旋門を通って直進すると、次の広場がブローニ ュの森の入口なっている。そこから森にはいる。
 面積746万平方メートルという広大な森は、かって王質の猟場であった。フランソワー1世がこ の森に城を建て、ルイ14世時代には遊歩道が整備され、19世紀末には名士達の社交場 となった。
 森の中には大小7つの池がありボート遊びも楽しめる。
 競馬場、テニスコート、射撃場、動物園、国立民芸博物館、高級レストランなど各種施 設も多い。
 森の外周は20キロ以上あるようだ。

 マロニエの 木陰に佇む女性あり 

                       ブローニュの森の ジョギングの朝に  
 帰りの目印は広場の北側に聳えているコンコンドホテルの高層ビル。ビルの上部にホテ ルのネオンが輝いているので遠くからでも見える筈だ。
 森はまだ暗い。舗装していない曲がりくねった遊歩道を走っている内に、方角を見失っ てしまった。ホテルのネオンは柏や赤松の大木の影で見えない。
 外灯の仄かな明かりの下に、一見、オフィスガールというよりも、高級秘書とおぼしき 女性が佇んでいる。何人も見かけた。中には寄ってきた車に乗り込んむ女性もいる。出勤 にしては早すぎると不審に思ったが、後からの話では、その道の女性だという。そういえ ば本で読んだような気もする。
 勘を頼りに走り回って湖に出た。ここまで来ればもう安心。
 白じんできた凱旋門を通り無事に時間前に帰り着いた。
 5時50分〜7時20分 約9キロ


 午前中、国立テレコム研究所を訪問してフランスにおける 通信行政、ネットワークについて調査する。
 午後はパリ市の情報処理部を訪問、市の情報処理につい て尋ねる。


10月29日(水) 朝
 ブローニュの森の中の2つの湖を1周すべく昨日と違う道から入ったが、またも迷い込 んでしまった。
 雲の晴れ間から時々細い月が姿を見せる。
 あっちに走りこっちに走りして、やっとコンコルドホテルのネオンを見つけて森から抜 け出す。
 ブリュッセルより暖かい。

 地下道に チリやあくたを 

             落とし込み パリの街角 今日も美し  
 いくらか明るくなってきた街角では、歩道の角にある水栓を開けて水を流し、デッキブ ラシで紙屑や塵を下水道のマンホールに落とし込んでいる。その時は成程と感心したが、 帰国後、下水道に空き缶が積み重なって流れず大きな問題になっているという記事を読ん だ。さもありなん。
 喉が乾いたのでカルホルニヤ・ホテルの前のカフェに入る。新聞を読み耽っている客が 1人。オレンジジュースを注文する。なかなか通じない。
 「オレンジジュース」の発音が悪いようだ。やっと通じた。
 目の前でオレンジを絞り、何か聞いてくるので「ヤー、ヤー」と答えていたら、水で 5、5に薄めてくれた。
 5フランだすと「ノン」という。
 1フランづつ増やして8フランでにっこり笑って
 「OK」
 6時17分〜7時30分 約9キロ


ベルサイユ宮殿

10月29日
 ベルサイユから戻り牡蠣料理の昼食をとって、午後は自由行動。
セーヌ河畔を走ることにする。

 ルイ16世 断頭台の 露と消ゆ 

                       悲しみしのぶ コンコルド広場   
 14時22分ホテルを出る。
南走してアルマ広場に出てセーヌ河の右岸を遡る。
科学博物館のあるグラン・パレの一風変わった丸屋根の建物がある。8万4000平方 メートルという広大なコンコルド広場は、広場の中央に天 を突き刺すような高さ23mのオベリスクがそびえ立って いる。礎石は高さ4mで、側面にはオベリスクの建立(1836年)の模様が刻まれてい る。


 オベリスクはエジプトのラムゼス2世が建立した神殿 (上エジプト、紀元前13世紀) に置かれていたもので、高さ22.8m、重量230トンの閃長石の1枚岩からなる対を なすもので、片方は今もルクソールにある。

 この広場はフランス革命のとき、数多くの処刑が行われたところ。
 ルイ16世、マリー・アントワネットなどが断頭台(ギロチン)の露と消えた。
 凄惨を極めた『革命広場』は『コンコルド(調和)広場』の名を与えられたが『ルイ15世広場』 『ルイ16世広場』を経て再び『コンコルド広場』と呼ばれている。
 チュイルリー公園の先には昨日見学したルーブル美術館、ルーブル宮と大きな長い建物 が続いている。ルーブル美術館の前面の公園では巨大なクレーンが忙しく動いていた。
議会で長年議論を重ね、やっと近代的な新館の建設が認められて工事を開始したのである。
 ポン・デ・サール橋からシテ島をカメラに納めたりしながら、市役所通りを過ぎマリー 橋を渡りサンルイ島を縦断サン・ルイ橋からシテ島を経由、左岸に出る。
 セーヌ河に架けられた橋は32を数える。
 石橋、鉄橋、コンクリート橋、材料はさまざま、優雅なもの、豪壮なもの、質素なも の、特にシテ島、サン・ルイ橋周辺には数が多い。

  あちこちに ノートルダムあり 尋ぬれば

                                我等のマリアを 祀れるところ   


 パリ発祥の地といわれるシテ島の東端にそびえる初期 ゴシック様式のノートルダム大聖堂の裏側は怪奇である。爬虫類のような怪獣が体を屋 根から乗り出している。寺院を護っている動物ということだが、開けた口は雨水の捌け 口になっている。


 ノートルダム寺院は各国各地にある。我が国の八幡宮 のようなものか。ノートルダムの意味は、『我等の貴婦人』ということで聖母マリアを 指すという。
 ノートルダム寺院は、12世紀に聖母マリア崇拝の気運が高まり、各地に建てられた 旧教寺院。
パリの大聖堂が最も有名で現在の寺院は、1163年起工、1245年礎石が置 かれ、1330年頃ほぼ完成を見た。
 革命のとき荒廃し一時は商店に改造され売り出されたこともあった。第一総督ナポレオ ンによって教会に返された大聖堂は1864年に修復を終えて現在に至っている。
 ノートルダム大聖堂は後ろや横からの眺めは異様であ るが正面は壮大である。
聖母アンヌの入口、最後の審判の入口、聖処女の入口の上部にはキリスト像や聖母子 像が刻まれて、入口や横部や正面上部の壁には諸王の像が並んでおり、中央の正面バラ 窓は巨大なステンドグラス作りである。

  パリの地下 下水道の 見学は

             月水土と ガイドの駄洒落  

 セーヌの河畔のこの辺りから美術学校にかけて、有名な ブキンストと呼ばれる古本屋の露店が並んでおり古本、雑誌、地図、絵画、 アクセサリーなどが飾らている。ゆっくりと見て歩くのも面白いだろうが、今日は時間が ない。先を急ぐ。
 エッフェル塔の近くのアルマ橋のたもとの人だかりは、地下道の見学の順番を待ってい る人達であった。
ガイドの駄洒落は本当で、最近は見学者が多くて入れないこともあるという。
 エッフェル塔(シャン・ド・マルスの広場に立つ320mの鉄塔。1889年万国博覧 会の際フランス人技師エッフェルの設計で建設)の下は各国の観光客で溢れている。

 塔の脚部に沿って斜めに動くエレベータで2階(第2展望台)まで上り、そこで垂直に 動くエレベータに乗り換え最上階(第3展望台172m)に着いたのは16時30分。エ レベータを乗り換える時、黒人のドアボーイが「ミナサーン、ノリカエヨ」といったのに は驚いた。

  エッフェル塔  日没待ちつ  一休み  

 エッフェル塔からの眺望は素晴らしい。日没も近く特に 東が美しい。土色の街並みに道路が大小の黒い筋になっている。北東の方角にひときわ白 く映えているのが、モンマルオル丘にそびえるサクレ・クール寺院 (ローマ・ビザンチン様式の純白の聖堂)であろう。
 ブローニュの森が西から西北にかけて広がっている。
その向こうに高層ビル群が見える。

市街地は法律によって建物の高さ色など厳しく規制されており、発展の余地はない。
そこで、郊外に新しい町作りが始まっているのだ。
 所々に低い丘はあるが山は全く見えない。木造建築がないのも頷ける。
 ブローニュの森の彼方の地平線に沈む夕日をカメラに納めて(17時33分)塔を降り る。
 セーヌ河をはさんで向かいあっているシャイヨー宮の中 央を通り抜け、凱旋門のあるドゴール広場を経由してホテルに帰る。
凱旋門にも上って見たかったが、最後の晩餐に遅れるわけにもいかず諦た。
 14時22分〜18時15分 約15キロ

10月30日
 パリ最後の日、ヨーロッパ最後の日である。ブローニュの森を一周したいという思いは 残っているが時間が足りない。いつの日か再び訪れてるまで夢みていよう。
 エッフェル塔からセーヌ河の左岸を下ってビル・アゲム橋から白鳥の遊歩道(ビル・ア ゲム橋とグルネル橋との間に造られた細長い中の島)に渡って彫刻や植え込みを鑑賞しな がらジョギングを楽しむ。
 遊歩道の上流の端には『甦るフランス』像があり、最下端には『自由の女神』像が明け 方の空にそびえていた。
 ミラボー橋を渡って折り返す。
シャイヨー宮の後庭にはいろいろな像があったが暗い上に時間がないので充分観察でき ずに残念であった。
 オレンジ色のイルミネーションが灯っていたエッフェル塔は灯も消えて、白じんできた 空に大きなシルエットを描き、その左肩に鎌のように細くなった月が白く浮んでいた。
 ヨーロッパ最後のジョギングに相応しい感傷的な夜明けである。
 快晴。昨日と同じ10度位である。
 5時53分〜7時05分 約7キロ
写真は左上から右へ
・コンコルド広場の噴水
・アレクサンドル三世橋右岸たもとの塔
・オペラ座の正面
・カフェテラスで秋の午後を過ごす人々
・グランバレ、1900年バリ万国博覧会場となつた
・アレクサンドル三世橋、対岸の建物はブールボーン宮
・シャイヨー宮

  LASDEC 海外研修 つつがなく

               大きな土産 肩に重し  
 パリを11時30分発の英国航空で離れ、途中ロンドンに立ち寄りアンカレッジ経由で 帰国。

 10月31日、日本時間15時、成田空港に到着。12日間にわたった海外研修は無事 に終了した。

おわりにに続きます



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