LASDEC海外研修 カナダ・アメリカ編

◆◆ LASDEC海外研修(カナダ・アメリカ) ◆◆

アメリカ編
◆グランド・キャニオンを走る◆

・9人乗りのセスナ機で
 15日、同室の黒田氏の動きで目を覚ましたのは6時14分。モーニングコールは7 時。大分間がある。
 走りたいところであるが、昨日ガイドから、しっかり脅かされていので外に出にくい。
 昔は、ニューヨークが世界一の犯罪都市であったが昨今はロスであると。裏通りへの立 入りは絶対しないこと、ショッピングも外に出ず隣のデパートでするようにと呉々も注意 された。
 朝食はホテル内の食堂でバイキング。珍しく味噌汁と米飯がある。先に行っていた黒田 氏が「味噌汁が美味いですよ」というので、食べてみた。結構いける、米飯は国内並みで あった。梅干しや茄子の漬物も懐かしい。
 黒田氏は食券を忘れて、サインをしていたが9$であった。
 8時過ぎ、ロビーに降りる。グランド・キャニオン観光者は19人。
 集合時間8時半までには20分程ある。川瀬氏に荷物を預けて外に出る。ホテル横の道 を右に走る。バス停は通勤途中の人達で一杯だが、黒人や東洋人ばかりが目に付く。
 浮浪者風の男が物乞いをしている。
 紙屑はところ構わず散らかって汚いこと、全体の雰囲気が何か異様である。
 通りの左手は少し登り坂になっていて美しい建物が見えるが、行って見る時間はない。
6分直進して元の道を戻る。
 正味10分。1.5キロ。

 19人が分乗した2台の小型バスが、8時45分動き出す。
 サンフランシスコは霧の街であるが、ロスはスモッグの街とガイドが話していたが、ス モッグでなく、車の排煙である。ロスはかって車社会を謳歌したが、大気汚染に悩まさ れ、一度廃止した鉄道を復活させるなど、涙ぐましい努力で何とか今日があるという、車 社会の犠牲になった都市である。このことをテーマにした『自動車亡国論』(長崎大学の 何とかいう助教授著、40年代の初め)を読んで、同感を覚え、以来免許も取らず車を持 つことを拒否し続けている。
 ロス空港の片隅に観光用小型機のポートがある。待合室にいる客の大半は、新婚ツアー の人達である。
 3班に別れて、3台のセスナ機に乗り込む。我々の機は、パイロット2人と乗客8人。
席は、左右に1つづつ、幸い主翼の後ろの席に座ることができた。
 観光用の機は4人乗りと9人乗りの2機種だけだそうである。
 9時57分動きだし、10時6分に離陸。機種を東に向けて、グランドキャニオンまで の650キロを一路東へと飛ぶ。小さな山脈を越えると、砂漠が延々と続いている。所々 に低い山があり、その山から流れ出した砂が、低地を埋め尽くした感じである。
 至るところに川の跡が見える。水溜まりか池とおぼしきところに、八方から道らしきも のが集まっている。遠くに点在する人家が水汲みにくる道か、水を求めてやってくる動物 のけもの道か。小さな流れはコロラド河であろうか。ロスの水瓶だというダムも見える。  一直線に延びたハイウエイが時折ピカッと光る。
 砂丘のように波紋が美しく広がっているところ、砂浜によく見られる無数の蟹の穴のよ うなもの、綺麗に整地してごみ1つ落ちていないようなところなど、何処までも砂漠地帯 が続くがいろいろな変化があって飽きない。
 青味がかった小山の側に、建物(ガイドによれば採銅所)が見える。廃液の貯溜池のよ うなものも見える。
 パイロットが指差す方にグランド・キャニオンの抉りとられた赤壁が見え出した。  安定して飛んでいたセスナ機が急に揺れ出す。山脈にかかり気流が乱れているのだろ う。ズシンと落下して体が宙に浮く。あまりいい気分ではない。
 眼下の滑走路をやり過ごしたので、やり直しかと思ったら、急旋回してキューンと急降 下、あっというまに着陸した。迫力あったな。このときは!! パイロットが振り向いて 指で輪を作りニャッと笑って「グーッ」だって。12時5分。
 他の機に乗っていた鈴木氏は、酔って食事もできなくなっていた。

・大自然の造形
 待機していたガイドのヤンさんの案内で食堂に向かう。
 ここは、海抜2000m、1500人の小さな町であるが小、中、高校がある。
 グランド・キャニオンはロッキー山脈に源流をもつコロラド(スペイン語で赤いの意) 河の何百万年にもわたる浸食作用によってできた大峡谷である。
峡谷の長さは350キロ、谷の幅は6キロから29キロにも達し、その面積は四国の半 分、高さ1375mから1737mの断崖絶壁の連続である。
動物の宝庫で鳥も258種いる。夕立が多いので樹木の種類も多いが、主にピニオン パインという松、ジョニタ、ポンネローサである。冬には雪が20cm位積もる。
 以前はセスナ機で谷の上を観光していたが、墜落事故があって禁止されているという。
 12時40分から1時半まで、大きな食堂で食事をとる。パン、肉、野菜、飲み物と4 種に決められているが、肉はチキンとマトンのどちらか、その他はケースから自由にとっ ていい。マトンを注文したらチキンの丸焼き程の大きいのが出てきたのには驚いた。すり こぎ棒程の骨が入っていたので見掛け程肉は付いてなかったが。
 1時半から、約2時間かけて3つのポイントを見物する。最初はTRAIL VIEW 赤っぽい剥き出しの肌の断崖絶壁が幾重にも重なりあい犇めきあっている、凄い迫力であ る。簡単に口では説明できない。
 TRAILとは小路という意味だとか。谷に降りる小さな路があり、よく見ると白いも のが動いている。観光客がロバに乗って谷に降りていくところ。谷に降りるには泊まりが けでないと無理だそうである。

・空気が薄い
 この雄大な自然の中を走りたくなった。次のポイントまでは、バスで5分位だという。 走って20〜25分はあるかな、皆の見物が終わる頃には着くだろうと、バスのあとを追 うことにした。村山添乗員が心配したが、ヤンさんが大丈夫ですよといってくれたので、 渋々承知した。
 右手に峡谷を見ながらゆっくりと走る。さすがに走っている人は誰もいない。  地球に2つとない、この大自然の中、秋の太陽を一杯に浴びて、走られることを感謝し ながら、一歩一歩喜びを噛みしめて走っていると、何だか息苦しくなる。ガイドが注意し てくれたっけ。 「ここは標高7000フィート以上あって空気が薄いよ」と。
初めての経験であった。
 10分走った所に、村山添乗員が待っていてくれた。
「早いですね」「済みませんね、いろいろ心配かけて。まだ遠いですか」「ここですよ」
 第2の見所、HOPI POINTは以外に近かった。走行距離は約1.5キロ。こ んなことは2度とあるものではない。カナディアンロッキーの雪の中を走り、また今日は この大自然の中を・・・。「ぼかあ、しあわせだなあ」走る喜びをしみじみと味わう。
 HOPIとは、インディアンの部族名でかつてこの辺りに住んでいたが、今は、保護区 に移されているとのこと。コロラド河の水面が見える箇所があった。
 標高7071フィートの立札がある。空気が薄いわけである。
 何処にカメラを向けても素晴らしい作品になる。
 第3の見所はサウス・リムの中でも最も眺めがよいとされるMATHER POIN T。バスは来た道を戻って昼食をとったところを通過して更に東に行く。
 絶景なんて生易しいものではない。どんな高級なカメラで撮っても、どんなに上手な絵 描きでも、全景を一枚に収めにことはできない大自然である。感動に身が引き締まる。
 柵を越え岸壁に立って、腹の底から叫ぶ。最高の気分、浮世のストレスなんて一発で ふっ飛んでしまう。そんな様子をヤンさんが写してくれた。
 大峡谷をバックに走っている姿を連写で黒田氏に撮ってもらう。
光線の動きに従って刻々と変化する眺めを、何時までも楽しんでいたい思いである。
 グランド・キャニオン空港を3時50分に離陸。暫く揺れたが砂漠の上に出ると安定。
連れの機がすぐ右を飛んでいる。窓から顔が見える程近くを飛んでいる。下に回り込んだ と思ったら左に移っている。皆は大喜びである。右に左にひらりひらりと何度が繰り返し たが、これはパイロットのサービスであった。
 砂漠の中に直径2、300mもあるような緑地が見える。実験農場か。
 5時55分、無事にロスの空港に着陸した。
 バスでホテルに戻るとき、至るところに石油を掘る井戸があった。よく映画に出てくる あのポンプが動いている。この辺りは石油の産地だそうである。
 夜はラホンダという店でメキシコ料理。メキシコ人の陽気な踊りや唄で一刻を楽しむ。 舞台から下りてきて皆とカメラに収まったりサービス満点、メキシコの酒『テキューラ』 やカクテル『マルガリータ』も仲々のものであった。


 昔、『赤い河』という西部劇があった。手に汗を握って見たものだかこのコロラド河を テーマにした活劇だったのだ。グランドキャニオンをこの目で見て初めて納得できた。

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