日タイ修好100年記念
ロイヤル・マラソン

 昭和62年11月20日11時、成田空港の北ウイング44番受付で 『地球を走る会』の旗が我々ロイヤル・マラソンツアーの一行を待っていた。
 11時40分、一角に全員が集合。2名の解約があり、都合11名+添乗員のツアーと なる。5名が女性でその内3名が応援者である。戸沢添乗員の説明を聞いた後、出国手続 きを受けて中に入る。
  ツアーの一行は最高年の足立さん。57才、ホノルルマラソンを予定していたが今回限 りのロイヤル・マラソンに切り替えたとか。27日には小豆島のフルマラソンに出場を予 定している由。
 皆藤さん姉妹は、妹さんが10キロ、姉さんは応援。
 吉田さんは山形の100キロマラソン(10キロを10周)を10時間余で走ったとい う人。今回はどういうわけかハーフに参加。
 鈴木さん安達さんは競歩の師弟、今回はハーフに出場。
 山口夫妻は8回目の海外旅行とか、夫君はホノルルを3時間以内で走ったベテラン。 当然フルに挑戦。奥さんは応援。
 内藤さんは昨年までタイにいたという人でフルに参加。
 小生は、59年2月に走り始めて4度目のフル挑戦、応援の妻を同伴。以上11人のツアーである。

日本航空717便は、予定通り12時50分に動き出す。
 離陸後40分位で飲み物のサービスがあり、ビール、ワイン赤白各1本、ブランデー1 杯をもらう。スチワーデスは全員日本人である。
時刻はタイ時間になったものの機内は日本そのものである。
 2時半(タイ時間)頃に午餐が出たが全部平らげた。
 5時15分、予定通りバンコック空港に着陸。
 5時30分渡り廊下から素晴らしい日没が見えた。

 我々のガイドは、通称ピーター、色は黒いが仲々のいい男。目印の旗を持ったタイの人達が大勢迎えに来ていて、ツァーの一行を待っている。 その間を通り抜けて外にでる。
 日も暮れて涼しくなったのか暑さは、それ程感じない。
 6時半、迎えのマイクロバスに乗ってバンコックの市内にある『ザ・メナム』ホテル に向かう。
 市内は丁度ラッシュ時で物凄い混雑である。普通のバス、小型バス、ダットサンやト ヨタの小型トラックに幌の屋根を付け荷台の両側に椅子を置いたバス。同じような3輪 車改造のバスなどが3車線の道路を4台並んだりしながら押し合いへし合いの状態であ る。その間を『ホンダ』や『かわさき』『ヤマハ』のバイクが縫うように走り抜けて行 く。

 通りの両側には3〜4階のアパートが建ち並び1階がいろいろな店になっている。高 層ビルは所々にぽつんと建っているだけである。
 マラソンのスタートとゴール地点になるラマ9世橋のイルミネーションが美しい。
 道の両側には色々な屋台が出ており賑わっている。きれいな店も並んでいるが、屋台 では絶対に飲んだり食ったりしないようにとピーターが拙い日本語で説明してくれる。
 7時50分やっとホテルに着く。ホテルは17階建一際高くて大きい。
 大会本部のあるロイヤルオーキッドホテルはかなり離れている。
 夕食をとって各自部屋に入ったのは10時過ぎであった。
 906号室からは、先程のラマ9世橋のイルミネーションが見える。メナム川の対岸 の明かりが美しい。

21日 水上マーケット、寺院、王宮の観光
 ザメナムホテルの裏の舟着き場からサンパンに乗り込む。2人並んでやっと座れる位 の狭くて長いカヌーのような舟である。プロペラシャフトを直結した自動車のエンジン を乗せていてかなりのスピードが出る。河は泥水である。透明度は5cmもない。
 メナム河を下って右の運河に入る。だるま舟があちこちに固まっている。何を運搬す るのだろうか、殆どが空のようである。
 更に小さい運河に入る。両側には水の上に浮いたような小屋が並び中には傾いている 家もある。所々に立派な造りの家もあるが、スラム街ではないかと見まごうところであ る。殆どの家は舟を持っているのだろうが、水上バスも行き交っている。
 水上バスの停まり場は陸のバス停と同じ形で4畳半位の大きさの屋根とベンチだけの 建物である。河に漬かって体を洗っている人。洗濯をしている人。
 大きなカメを沢山置いているのは裕福な家で雨水を蓄えているのだという。
 水没しかかっている家もある。今は乾期だというが、雨期の時は一体どうなるのだろ う。
 果物売りのサンパンが寄ってきて、バナナ1束20Bとかヤシの実1つ10Bで買わ ないかなどといっている。戸沢さんから『会社の方でバナナを買うので皆さんは買わな いように』と注意がある。1本10円位のバナナで皮が薄くて甘味も多く旨い。皮は運 河に捨てていいという。毎日々々数多くの観光客が果物の皮を河に捨てていたらどうな るのだろう。
 運河は彼らにとって交通網であり、生活物資の運搬道であるだけでなく、生活用水で もある筈だ。いずれ汚染が進んで大問題になるだろう。
 やがて舟は水上マーケットに着く。竹を束にして板を敷いた浮き桟橋に降りる。何10隻という観光船が集まって店は芋を洗うような混雑であった。
 片言の日本語で土産を薦める。宝石、チーク材、黒檀、紫檀の彫り物、織物、貝細工 など特産品も多い。30cm角のシルクにタイ特有の絵を書いたものをいきなり半額に値 引きして1枚20B、40cm角の物を1枚40Bにするという。小を20枚、大を10 枚買う。

★土産は後で買うほど安くなる
 次はワット・アルン(暁の寺院)の観光である。メナム河に戻って数キロ遡る。途中いくつかタイ特有の寺院の屋根が見える。ピーターの説明によるとタイ独特の寺、イン ド風の寺、中国風の寺と色々な屋根の格好があるらしい。
 一際高い塔がワット・アルンである。舟を降りると早々に売り子が寄ってくる。
 金色の像の小物が10ケで1000円という。買って皆に見せると皆は欲しがった。 朝から同行している現地人のカメラマンから全員で記念撮影をしてもらう。
 大蛇を首に巻付けた男が大蛇と一緒に撮影しないかと寄ってくる。
 中国の陶器の小片やガラス片を張り付けた塔は、遠景はひかり輝いて素晴らしいが、 近くで見るとガラス片の並びが、すごく雑でち密さは日本には及ばないようである。
 狭くて急な階段を登った中間のバルコニーの展望は素晴らしい。360度の見晴らしである。
 あちこちに寺院の屋根が見える。対岸には王宮やエメラルド寺院が燦然と輝いている。 降りてくると先程の像が5ケ1000円でどうかという。片言の日本語や身振り手振り で10ケ1000円に負けさせて買う。その先では16ケを1000円で、出口では20 ケ1000円で買う。結局51ケも買って仕舞い大笑いした。 
 次は対岸に渡りエメラルド寺院と王宮の観光。茶、青を基調とした鱗状の瓦と、多層 構造とでもいうのか独特の屋根、ふんだんに金を貼った建物はけんらん豪華ではあるが 何か異様で落ち着かない。
 朝、見学した運河の住居とは雲泥の相違である。貧富の差があまりにも大きい。よく 国民が黙っていると思う。
 昼は王宮の側のチャオプラヤ(メナム河の別称)レストランでバイキングである。
2〜300人も入りそうな大きなレストランである。日本食のコーナがあり握り寿司、 天婦羅などもあったが、タイまできて日本食もないものだ。他のコーナでは、焼飯、焼 蕎麦、海老、蟹、あさり貝、スープなど特に変わったものはないがスパイスが利いたタ イ風が多かった。ここでもビール(70B)、ジュース(20B)は各自負担である。
 午後はマラソンコースの下見に出掛ける。
 スタート、ゴール地点になるラマ9世橋に行き、橋の中央まで歩いて記念撮影。
 橋の上はすごい人出である。
 市内が一望できる。ビル群は北方かなたに見える程度で後は2〜3階の低い建物ばか りである。所々に寺院がきらびやかに輝いている。
 高速道は準備のため車は入れず、あちこち迂回してコースの一部を通ったがよく分か らなかった。
 ロイヤルオーキッドホテルのレストランで前祝いの晩餐をとった後、ザメナムホテル に戻って早々に床に就く。

★35度の暑さの中8万人が走る
 22日、2時半モーニングコール。3時ロビーに集合。コーヒーショップで洋定食。 ベーコンエッグの片目とパン1枚半で軽く済ませる。  3時45分、ホテルを発って現地に向かう。4時前に到着。バスはゴール地点からかな り離れた所ではあるが、ずっと駐車できることになり安心である。
 このマラソン大会は、日タイ修好条約締結100年現国王ラマ9世の生誕60年東洋一の吊り橋ラマ9世橋の完成と3つの祝事を記念して開催されたもので世界中から選手や観光客が集まった。マラソンの参加者は地元紙によると約8万人。
 本日のコースである高速道では受付を済ませた選手達がスタート地点に向かっている。
 高速道の両側の一般道に色々なテントが張られており、休憩所の中には椅子が並び更衣 所にはシートが敷かれていて荷物を預かってくれる。シャワーの設備もある。屋台や出店 も多くコーラ、ジュース、アイスクリーム等の飲み物や、ゆで卵やまんじゅう等の食い物店が多彩であった。
 ホテルで、かなりまとまった用足しができたので安心していたら、5時過ぎになって腹 が渋り出し会場近くのトイレ車に並ぶ。10数人が列を作っている。車の中は明かりがなく暗い。水洗になっているが出ないらしい。バケツで流 している。いよいよ次の番になったのでチリ紙を出して準備をしていたら、後ろから何か 言いながら手が伸びてきた。幸いウエストバッグに2袋入っていたので1つを進呈する。 とんだ国際親善だ。途中から抜けた人もいて5時半には済んだ。
トイレが終わってバスに戻る時間もないので、そのままスタート地点に向かう。途中で又、足立さんと一緒になる。
 殆どが東洋人で、西洋人も幾らか混じっている。戸沢添乗員の話では日本人も40〜50人参加しているとのことであったが、足立さん以外の日本人には同じツァーの人達も含 めて1人も逢えなかった。
 6時近くなって、明るくなったが晴れ間は少ない。太陽が照りつけなければ、いくらか 楽だろう。

 スタートの合図を待っている間にも汗が流れ落ちる。
選手をかきわけてバスが登ってきた。楽団が降りる。スタートの時演奏するのかと思っ たが何も聞けなかった。
 6時丁度、号砲もならず先頭がざわめき出す。スタートラインから30m位の所に並ん でいたので、ラインにでるまでに40秒程度かかった。
 暑さを警戒してか皆慎重である。飛び出す者はいない。5キロ付近まで足立さんと付か ず離れずの状態を保っていたが、何時の間にか見失ってしまった。
 5キロのタイムは27分40秒、スローテンポである。2.5キロ毎に給水所とエイド ステーションがあるので心強い。すこしピッチをあげて10キロで53分、何とかなりそ うなタイムであるが、暑さが激しくなってくる。重い荷物を運搬したので腕がこわり、ア ンメルツヨコヨコを塗ったのが強い日差しに当たってヒリヒリと熱い。
 5キロ位の所で高速道から一般道に下りる。沿道は見物人と応援の人で一杯である。拍手 と声援の中にアイスキャンデー売りの鐘の音が聞こえる。30年位前の日本の風景である。
 女子高校生達の救護班が到る所にあり早くも世話になっている人がいる。救護班がビニ ールの袋から小さな白い物を出して配っている。てっきり氷砂糖だと思って1つもらい口 にほおりこむ。ツーンときたので慌てて出して見たら、何と綿に鎮痛剤を湿したものであ った。折角なので足に塗ったが、笑い話もいいとこである。
 17.5キロを過ぎた所からハーフ組は右折して高速道に上がりゴールに向かう。
 暑さは一段と激しくなり、ハーフ組が羨ましくなる。携帯していた九州の駄菓子『黒棒』 を1本食って気を取り直す。
 20キロ辺りで先頭が折り返してきた。独走である。後が続いていない。
 中間点で2時間3分46秒、4時間以内でのゴールインは絶望となる。
 歩き出した人が増えた。カロリーメイトを隣の東洋人にプレゼントする。しばらくして お返しがあったが包み紙に『梅』と書いたアメであった。
 言葉は違うが顔かたちはそんなに違わない。鹿児島や高知の漁村の真っ黒でたくましい あの顔である。異国でマラソンしている気は全然しない。後ろの2人にバターアメを1つ ずつやる。ここでも国際親善である。
 走りだしたが誰もついて来ない。約24.5キロで折り返す。暑さは増々強くなる。
頭から水をかぶり腹や背中にも流し込む。

★「ニーハオ」の声援に励まされて
 水を飲んでは500m歩いて2キロ走る、これを繰り返して35キロまで頑張った。
 ここから高速道に戻る。取り付けの坂で、靴を脱ぎごみを出して履こうとした時、右のふ くらはぎに痙攣が起こった。初めての経験である。どうなるかと思ったが足首や指の付け根を曲げたり、もんだりしているうちにどうやら治まったので歩き出す。走ると指の付け根がつりそうになる。これも初めての経験である。バンテリンは既に空であった。
 37キロ付近のエイドステーションで鎮痛剤を塗布してもらう。
 左手にラマ9世橋が見え出した。
 後5キロの標示がある。後4キロになって先程のタイムをメモしょうとしたが思い出せ ない。疲労こんぱいが極限に達すると思考能力も衰えることを体験する。後4キロのタイ ムは4時間23分54秒。水に濡れてびしょびしょになったメモ紙に書き込む。
 高速道の立入規制は早くから解除されているとみえて橋の上は人で溢れている。その間 を縫うように駆けていくランナーがいる。歩いている人も多い。アーチを作って無事の帰 還を歓迎してくれる一団もいる。通り過ぎる人々は盛んに声を掛けたり拍手をしたりして 励ましてくれる。なかには『ニーハオ』の声も聞こえる。『福岡県職』のランニングシャ ツを着ていたので中国人と勘違いしたのだろう。
 微笑みを浮かべながら(そのつもりだが顔は歪んでいたのではないか)手を振って答え る。

★「I am a Champion
 いつしか疲れを忘れ、感激に陶酔しながらラマ9世橋を駆け下る。
 遂にゴールイン。電光時計は『4:52:  』スタートラインでスイッチを入れた腕 時計は4時間51分58秒であった。
 ゴールゲートを抜けると大きな金メタルを首に掛けてくれた。
35℃の暑さの中を8万人に交じって完走した感激が身を包む。と同時に全身の力が抜け ていく。

 バスに戻ると、ホノルルで2時間52分の記録を持つ山口さんがまだ帰っていない。
 心配して皆で捜したが見つからない。12時半過ぎ、小さくなって戻ってきた。
 4時間33分でゴールインしたがバスの停車位置を間違えて反対側を懸命に捜していたとか。一同ホッとしてホテルに帰る。
 一眠りしてテレビでマラソンの表彰式の実況を見る。マラソン以外にもレガッタ大会や各種パレードがあったようだ。

 夜は、完走祝賀会ということで、1人6000円を奮発して、大会本部のロイヤルオー キッドホテルの隣の有名店で、海鮮料理のフルコース。近畿ツーリストからのワイン、山 口さんからのビールで喉を潤しながらの蟹や海老などは素晴らしかった。
 完走賞の金メタルを首に掛けて『I am a Champion』とやったら『オー アナタ チャ ンピオン ネ』と、もてたこともてたこと。
 鈴木さんが氷砂糖の失敗談を話す。同じような失敗者が他にもいたとは、皆で大笑いし た。
 走ることが唯一の趣味である一行の話は尽きない。本当に楽しい一刻であった。
異郷の地で走った42.195キロの苦しかった一歩一歩を思い浮かべながら、ホテルの窓から眺めるラマ9世橋のイルミネーションが一段と美しい。

★パタヤピーチへ
 23日、バンコックから150キロ、車で2時間半、南のパタヤビーチに向かう。
 バンコックの平野は広い。見渡す限り山がない。熱帯地方だのに大きな樹がない。高い樹といえばヤシ位である。水田には水が溢れているが稲や他の作物は見えない。二毛作だ と聞いていたのだが。
 小型トラックを改造したバスが行き交っている。バス停が面白い。四畳半位の真四角な屋根だけある建物がそうである。時にはベンチを置いた所もある。日陰のない所では立派なオアシスである。
 パタヤに近くなって山が見えた。

 2時間半、バスに揺られてやっとパタヤビーチに着く。
 ゴムスリッパ1足20Bである。安い。かみさんはショートパンツを350Bで買う。
 ここからボートで20分沖のコラン島に渡る。途中、空母やフリゲート艦が数隻停泊していた。コラン島の外側の浜に着く。すでに大きな観光船が10数隻来ている。
 浜辺には食べ物屋、土産屋が並んでいる。
 海は沖縄の万座ビーチで見たように無色透明から淡い緑、紺碧とはっきり3色に分かれており、水平線には積乱雲が日本の夏を思わせる。
 30度は過ぎているのだろうが差程暑さを感じない。
 ここで昼食。焼きそば、蟹、海老、焼き飯。豆腐入りの味噌汁がでたのには驚いたが結構な味であった。今度の旅行の中で最もタイ風な料理であった。
 ビール77B、ジュース17B、これは各自払い。土産売りがまつわりついて煩い。
 ビールを飲んでいると色の黒い男がやってきて鰐革の財布4ケを2000円で買えという。財布1ケがビール1本にしかあたらないので安い、本物だとライターで火をつけて見 せる。足立さんが買うことになりロッカーに金を取りにいっている間に、あなたには5ケ 2000円で売ろうという。私はいらないから彼に負けてやれというが、それは駄目だと いう。結局7ケ3000円でまとまる。仲々商売上手だ。
 他にも色々売りにくる。泳いだあとでパンツ一つなので『ノーマネー』というと、『お 金、ロッカーの中ね』と鋭い。島に着いた時最初に寄ってきたTシャツ売りの美人を『後でね』とあしらっていたら、泳いでいる時見つけ出されてとうとう3枚1000円で買わされた。


★水上スキーを楽しむ

 水温は高く外気と変わらず水に浸かっても全然温度差を感じなかった。
水上スクータ(1回10ドル又は250B)を薦められたが水上スキー(これも10ドル) に乗る。易しそうだったが格好を付けようと右に左に動いたら転倒、何度も試みたがうまくいかなかった。
 パラセーリング(1回12ドル)もしたかったが時間がなく残念ながら諦める。
 帰りに山口さんがライフルの射撃をした。10発500Bは少し高い。パンパンやっている別の観光船もあった。
 パタヤビーチに戻り近所のホテルのシャワーを借りて塩を流す。とうきび売りがやってきた。1本10B黄色く熟れて日本のよりも格段に旨かった。ガイドのピーターや運転手、 助手にも1本つづサービスする。
 再びバスに乗り一路空港へ。5時半、夕日が赤く沈む頃、空港に到着。
 空港では、21日の観光のとき撮ってくれた写真が出来てきており、欲しいものだけ買えばよかった。四つ切り(1枚6ドル)を3枚、サービスサイズ(1枚1ドル)を12枚 買う。いい稼ぎだ。ガイドを中心にしてバス、観光船、カメラマン、土産屋、食堂など一 つの組織になっているのだろう。

 完成したばかりの空港ビルはまだペンキの匂いが残っている。真新しいレストランで名 残を惜しみつつ最後の晩餐、とはいえ、何時ものバイキング料理であるが、海で遊びバス に揺られて、皆空腹である。誰も文句も言わずパクつきながら走る話は尽きない。
 ビール80B、ジュース20Bこれは各自払い。タイはビールが高い。ヨーロッパでは 水もジュースもビールもワインもみな同じ値段だったが。
 日本航空718便は、22時50分発の予定が30分も遅れた。機内では久し振りにカ ンの付いた日本酒で心地よい眠りに就いた。
 24日、目覚めたとき富士山が左手彼方に小さく5合目から上は雪を被って美しい姿を 見せてくれた。
 房総半島を大きく廻って6時15分、時間通り無事に成田空港に到着した。


エメラルド寺院をバックに



エメラルド寺院



地元新聞より転載  9万人が走った



東洋一の吊り橋 ラマ9世橋