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激しい雨 <4> 第二話 権左 八郎は五万二千石長府藩の普請方に勤めている。 十石三人扶持というのは下級の武士である。これ以下では足軽身分になる。 足軽は苗字帯刀は許されており、見かけは武士だが、上士に出会ったときは、草履を脱いで低頭し挨拶をしなければならない。 侍以下町人以上というところだが、町人の方が金銭に恵まれているだけましである。 八郎は辛うじて武士に止まっている身分である。 普請方の仕事は城の修理や城下の道路普請や湊工事など次から次へと出てくる普請の現場監督である。 しかし、実際には足軽や人夫を指図するだけでなく、八郎ももっこを担ぎ、土を捏ねることが多い。 そのせいか、八郎の筋肉は鍛えられており、城下の下級武士の多い平野道場では、目録を許されている。 しかも実際には師範代の露木様より強いと言われている。 事実、露木様との稽古では三本に一本は確実にとれるし、取られる二本のうち一本は多少の遠慮のうちに決まるものである。 露木様の面取りは有名で竹刀を大きく上げなくても、鋭い太刀先が襲ってきて、気がついたら決まっていることが多いのだが、八郎には迫ってくる太刀の動きと小手が良く見えるようになっていた。 しかし、八郎が自分の目を確かめるのは2度のうち一度だけである。 師範の石尾正之助は八郎の実力を見抜いていたが、この気の弱さを強く叱る。従って八郎は目録どまりである 八郎が普請方の仕事に出ている時は道場に行けないが、非番の日や大きな作業が終わるとしばらくは、休みが続くので道場通いをしている。 父の生前は部屋住みであったので、毎日の道場が楽しかったが、当時の仲間は殆ど道場通いを止めてしまっている。 こうした中で八郎の道場通いは師範から、 「八郎は止めるなよ」 と言われたのを正直に守っているだけである。 本日も道場で汗を流し、露木様に挨拶をして屋敷に帰るところである。 石尾道場はお城の黒門から屋敷町を通り抜け、ご城下のはずれの風師山の麓の八郎の屋敷への途中にある。 八郎の屋敷は山の麓の藁葺の粗末なものであるが、縁側から山を見ると、たくさんの桜の木が見える。 長府藩の桜の名所と言えば、お城の大手門から黒門に続く桜の並木が有名であり、城下の人たちの自慢であるが、三代景勝院様が三層の天主から見える風師山にもお植えになったのが、大手門の桜に負けずに美しく咲くのだ。 ご城下の町人や百姓は自由に見られる風師山の桜を好むようになっていた。 季節はまもなく三月になろうとしているのに、大気は冷たかった。 桜のつぼみは日々膨らんで来ているが、花が咲くのはまだまだだろう。 八郎が手ぬぐいで背中を拭き、縁側に腰掛けて冷たい水で喉を潤している時、妻女が来客を告げた。 「お奉行のお使いの方と申されていますが」 「用件は何んだと?」 「申し訳ないが、これから屋敷までご足労願いたいとのことです」 お城には奉行という職はたくさんある。上は寺社奉行、勘定奉行、町奉行から下は台所奉行、炭奉行、畳奉行というのもある。 又奉行職によっては、複数いる奉行もあった。 八郎は普請奉行輩下の組頭の秀村弦之丞が上役であり、通常は組頭様で通っている。 しかし、彦島家ではお奉行さまと言えば町奉行の渡辺伊兵衛のことになっている。 八郎は、大急ぎで着物を着ると袴をつけて、 「や、お待たせした」 こう挨拶すると渡辺家の見覚えのある若党と並んだ。 「お奉行は何の用かわかりますか」 「いえ、何も存じません。彦島どのを至急呼んで参れとのことでしたので」 というところを見ると「申し訳ないが」と言う言葉は、若党がつけた枕言葉のようだ。 見慣れた町奉行の屋敷の門が明るい夕日に聳えたっている。若党と一緒に潜り戸を入った。 導かれて入った奥の座敷の部屋に小さな小机に向かい手紙を書いていた男が、筆をおいて八郎の方を向いた。 屋敷の主渡辺伊兵衛である。 半年振りに見る町奉行は少し痩せたようである。もともと貧相な体であるので余計に小さく見える。 「すまんのう、また八郎に頼みたいことがある。」 お奉行は頼むという言葉とは裏腹に八郎が受けるものと思っているようだ。これは傲慢と言うのでなく、 人に命じることがあたり前の生まれがそうさせるのだと八郎は理解している。 「何なりと」 という言葉を暫く飲み込んで八郎は黙ってお奉行を見ている。 「実は、厄介なことを頼みたいのだが、これは八郎しか出来ぬことでのう」 すこし、八郎の機嫌をとるようにお奉行の態度が変わるのが見えると、ようやく 「何事でしょう」 と答えた。 「勘定支配の井上数馬殿の次男の小次郎を知っているか」 「お支配なら存じ上げていますが、小次郎様は存知ません」 「わしの甥になる。うん、わしの姉が井上殿に嫁ついでおるのでな。嫡男は今、見習で勘定所に出仕している。 本来ならもう一人男がいたのだが、早く死んでしもうたので、姉が小次郎を可愛がりすぎたので、柔な男になってしもうてな」 「小次郎がある男に脅されているのじゃ。なに、町奉行の甥を脅すなんて身のほどしらずで、ひとひねりだが、 これが春日藩の香具師の元締めでのう。」 町奉行の話を要約すると小次郎が隣藩との境にある茶屋で引っかかった女が香具師の妾だったので、落とし前をつけろと要求されているらしい。 その街には女郎や酒をのませる店が多く、自藩の店に行きにくい藩士たちがこっそり利用しているところである。 それだけに、町奉行としては、正式に捕らえることも出来ないでいるのを八郎に解決を委ねたのである。 幸い、大きな普請も区切りがついたところなので、二日後春日への街道を急ぐ八郎の姿があった。 今回も正式な町奉行所のお許しを貰っていないので自藩で捕まれば脱藩の罪に問われることになる。 ところでこの度の八郎の姿は尾花枯らした浪人の姿である。当時江戸には浪人は溢れていたが、九州の藩には少なかった。 もし、藩から罪を得て、藩籍をなくしても一応村役人や町乙名のもとで畑でも耕すか、町で静かに暮らす他なかったのである。 従って、八郎の姿は旅の浪人として一番怪しまれる姿なのである。 暑い日ざしと、田からの反射の光が眩しく、道筋には殆ど人の姿が見られないのが幸いである。 まだ、田植えには早いと見えて田圃のあぜを補修している百姓の姿が少し見えるがそれとても、殆ど手を休めることはない。 漸く春日領に入り、なじみになった地蔵堂の前にくると暫く休憩をとり、 妻女が持たせてくれた握り飯と竹の水筒の水で中食をとると、春日城下でなく、湊の方に向かった。 春日藩にも、八郎の藩にもそれぞれ湊はあるが、春日の湊は大きく、大阪からの荷も一旦 春日に荷揚げされ陸路で領内に運ばれることが多い。八郎たち普請方の工事も漁師たちの漁港にすぎないのだ。 昨夜、町外れの丘で野宿し、昨夕から香具師の権左のあとを付け、権左が日佐家という茶屋に揚ったことを確かめて、海の見えるところで寝たのである。 権左が何時くるのか、又顔も知らなかったのだが、幸い権左が土地の顔役で最近毎日来ているとのことで、割に簡単に見つけられたのである。 そして朝から日佐家を見張り、かなり長い時間を待って、帰る権左の後を追い川筋で待ち伏せたのである。 権左は四十前後で後頭部はかなり薄くなっているが、それを庇うようにあごから鼻まで黒々とした髭を生やしている。 昨夜の首尾が良かったのか、供の若い衆とともに機嫌よさそうに、川筋の道を歩いてくる。 八郎は覆面をして菜の花の陰に隠れていたが、二人をやり過ごし、突然後ろから供を川の中に突き飛ばし、権左の前に出て刀を抜いた。 「おめえは誰だ。」 「おまえに恨みはないが命を貰う」 いきなり権左は脇差を抜き、喧嘩なれした勢いで八郎に迫ったが、八郎の敵でなく、小手を薄く切られ、脇差を飛ばした、 「助けてくれ。金なら払う」 「金ならたっぷり貰っている。往生しろ。」 八郎は袈裟切にすると見せかけて、刀を一閃させた。権左の頬に赤い血筋が走る。 「何しやがる」 「なに、依頼主から出来るだけ苦しめて殺せと言われているでのう」 「助けてくれ。なんでもする。」 権左は両の手で這いずり回りながら逃げるが、思うように動けない。 「最初は、両足を貰うか」 「助けてくれ。お願えします」 権左は土下座をして、両手を合わせ八郎を拝んできた。 「それほど言うのなら、助けてやろう。その代わりもし隣の藩の人間を再び脅すようなことがあれば、今度こそ許さない。 おまえの女房か、若い衆か、それともいきなりおまえを後ろからばっさりやるからな」 「へい、二度としません。お助けを」 「わかった」 というなり、八郎は権左を川の中に蹴落とすと歩き始めた。 覆面をはずし、暗くなるのを待って、領内に入り、自分の屋敷に急いだ。 「お奉行も金で解決しろとかいうのであればとも角、何とかしろだもんな。お生まれの良い方は苦労がなくて良いよ」 最近八郎は独り言を言う癖がついたようだ。これは困ったときか、うまく解決したときに出るようである。 夜遅く、風師山の麓の屋敷に帰りつくと、妻女にすすぎを任せながら明日お奉行になんと報告するか考えていた。 < とんだ 八郎 >
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