妻に用事あり <1>

(1)発病の記

「痛いですか?」

「痛いです。」

「ここはどうですか?」

「痛い、痛あい」

こんな問答が続く。痛いはずですよ。腹痛で転げまわって救急病院に来たのに、お腹を強く叩くのだもの。あまりの痛さに「痛い」を連発する。
医者の叩くところはすべて痛くなる。
医者はますますどこが悪いのか分からなくなる。
そしてどんどん強く叩くようになる。患者はあまりの痛さに「ぎゃお〜」を連発。
結局、どこが悪いのか分からず別の先生と交替。
宿直の医師は専門医とは限らないようだ。
耳鼻科か皮膚科の先生が宿直する場合もあるそうだ。
代わった先生は、ここで良いところを見せるチャンスとばかり、鼻を膨らませて

「ここが痛いでしょう?ふむ」

と聞く。

「痛い」

「ここはどうですか?」

「痛てえ」

「あれ、そんな筈はないでしょう」

今度は、横腹を強く叩く。

「痛い」「痛いよ」「痛え」「ギャオー」

これを繰り返して、とうとう3人目の先生に交替した。

「これは、胆石だよ。石が胆嚢口に詰まっているので手術が必要だな。入院ですね。
さすが名医た。よろしくお願いします。そして入院することになったのだが。....」


「という訳で休みます」

すると会社で一番偉い人が来て、

「会社の近くに入院しないか」

「はあい」

こうした経過で福岡S総合病院に鞍替え入院となった。
しかし、これが私の長い、そして原因不明の不思議な闘病生活の始まりとはその時思いませんでした。
多分これを最後まで読まれた方は、馬鹿な奴だと笑われるでしょう。
原因不明の病気とは、不安ですが医者はなかなか病名を言わないものです。
いや病名が分からないものが多いそうです。
患者は明確に盲腸とか脱腸とか病名を早く言って欲しいのですが、分からないものは分からないのだそうだ。
だから「腸の炎症ですね。」と症状だけを言うのだそうだ。



(2)入院の記

そういう訳で入院した。
病院では内科の先生が問診する。前の病院から胆石のようだがという診断に基づいて、外科の先生に回される。
この先生は昔のテレビ映画のベンケーシーの様に背が高く、ハンサムな先生だ。
こんな医師が看護婦を泣かせているのだろうなと思う余裕がまだある。
前の病院で検査したと同じレントゲン、超音波検査、CTスキャナーで再び同じ検査をする。
しかし、患者(はい、私のことです。)は激痛で、今にも腹がパンクして死にそうだ。

「早く何とかしてくれ」

もごもご言うが医師には言えない。
ようやく、病室に入れられた。集中治療室(ICU)である。これは重病患者か、手術後の要注意患者を収容する所だそうだ。
ひょっとしたら私は危ういのだろうか?
日ごろ会社も休まず真面目な(自分ではそう思っている)人間としては休息のチャンスだ。
会社も休まざるを得ない。
しかし、この痛さでは、あまり面白くない。また、永遠の休息にもしたくない。
部屋は2人室でかなり余裕があり、トイレがついている。
ベッドには患者名と担当医師名、外科と記入。ボタンがあり押すとインターホンになっている。
すぐに看護婦が飛んでくる。天井には点滴用の吊り金具とテレビカメラがある。

「これは何なんだ」

「囚人みたいだな」

とは言うものの暫くはこれで落ち着いてしまった。
かくして、私事お富さんのICUで点滴を受けながらの入院生活が始まった。
女房と娘も必要な荷物を揃えて持参する。
パジャマ、タオルを始め枕、下着、歯ブラシなどを揃える。
そうそう絶対に必要なものはテレビですよ。
これからどれくらい入院するか知らないが、これなくして何の人生か?とは言わないが。
色々取り揃えたが予想もしなかった事が起きた。



(3)治療開始の記

ICUに落ち着いて、静かに判決の時を待つ。
ベンケーシー先生はなかなか来ない。
看護婦は入れ替わり、入室し体温、血圧を測る。時には聴診器でお腹に触れる。

「動いていますね」

「え、動いていないのもあるの?」

腕から点滴を受ける。歩く時は手押しの点滴台を持ち歩く。
看護婦が来て手押しの車に乗せ再びレントゲン室へ行く。
病院に来ている多くの人はこの患者は何の病気しらと見る。

「ガンかしら」

「かわいそうに。まだ若そうなのに」

検査が終われば後は退屈だけが待っている。そう言えば、朝早くこの病院に来て、もう昼になる。病院の食事は不味いというけれど嫌だな。
私はグルメだものな。とか考える。
待ちに待った食事の時間だ。
12時きっかりに看護婦が隣の患者に食事を持ってくる。
なんとなく温かで美味しそうだ。次は私だよん。

「早く来ないかな」

インターホーンで問い合わせるのも、紳士としては恥ずかしい。
黙って思い出してくれるのを待つ。
とうとう2時になった。看護婦に思い切って聞く。

「先生の指示がありませんから」

「先生の指示がないと何もできないのかてんだよ」

これはもちろん口には出さない。
そして。ついに先生が来られた。夜の8時頃である。

「すみません。大きな手術がありましてね。」

「多分、大腸の憩室炎でしょう。」

「なんですか、それ」

「腸の壁が一部薄くなり、そこが薄い膜になり腫れているところがあり、そこが破れて腹膜炎になりかけていますね。」

「という訳で絶食です。」

「水は」

「駄目」

「は〜い」

「頑張って」

「なにを」

これは口の中でもごもご。
そしてついに恐れていた絶食が始まった。いやあ。他人が美味そうに食べているのを見て、食べる音を聞いているだけなんてあんまりだ。


< とんだ 八郎 >  


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