妻に用事あり <2>

(4)絶食の記

何年か前、会社の先輩と2ケ月に亙って、昼飯を食べるのにあたって同じ店に行かないという約束をして、違った店で毎日の食事をした。
不味い店もあり、美味くてやすい店もあり、日が経つにつれ、会社からだんだんと遠くなってきた。
しかし、結構沢山の店があるものだ。会社は薬院にあり、浄水通りにはセンスの良い店も沢山ある。
これ程毎日12時のベルと同時に楽しみにしていた食事が、私の人生から消えたのだ。戦後の貧しい時でも芋や大根の葉っぱのおかゆが出た。
就職試験の時の健康診断の時は、朝飯を抜いただけだ。
それも後でお釣がくるほど食べた。
それなのに、もう3日も何も食べていない。
水も飲んでいない。
入院してから毎日点滴を6本して、寝て、テレビを見て、本を読み、毎日来る女房と話し、美人の看護婦が来るのを楽しみにして3日経過した。

「なんですか?うらやましいではないか?」

って。とんでもない。
痛くて腹が減って死にそうだ。これなら仕事のほうがマシだ。
そう言えば会社はどうなっているだろう。

「倒産していないだろうか」

それとも私がいないので、より儲かっていたりして。
腹を押さえて見る。入院前は中年肥りで73kgあり、腹がかなり出ていたが、今では何と無く萎んだようだ。

「いいぞ、この調子」

体重を量る。72kgだ。たいしたことはない。
隣の患者は相変わらず食事を不味そうに食べている。
私ならそんなご馳走を無駄にしないのだが。
隣人は半分以上残して下げさせた。その割には30分以上かけて食べていた。
かくして絶食は始まったばかりでしたが、なんと2週間に亙って続いたのだ。
そして、これもほんの序の口であった。
絶食のいいのは、腸の壁についている老廃物がとれて、排出され、腸の中がピンク色になり、肌の艶が良くなる。健康そうに見えるのが難点だ。

「元気そうで安心しました。」(さぼっているのじゃないか)

見舞い客に毎度言い訳をする。

「本当に痛くて死にそうなんですよ。ほんとですから」

「どうですか。一度絶食をしてみませんか?美容に良いですよ。」



(5)看護婦の記

九州にはエンジェルという玩具屋のチェーンがある。子供の事をエンジェルというのかも知れない。
私の娘達も昔はそうだった。大きな娘となった今は、心配で厄介でとてもエンジェルとは言えない。
しかし、同じ年頃の女である看護婦さんを白衣の天使という。
これは何だろう。冷静な眼で観測してみた。

1つ、本当である。
2つ、政略である。
3つ、誇りである。

すなわち、誠によく働く。新聞やテレビで良く報道しているが、マスコミは普通は大袈裟であるが、看護婦の報道については本当はもっと大変だ。
勤務は朝早くから夕方まで、夕方から深夜までと深夜から朝までの3交替だ。
これの繰り返しである。したがって、病院の近くの寮から通勤しているのが多い。
患者の中には、重体で常に神経を使うものや、軽くても中には女中のように用事を言い付ける人もある。
大小便の世話も嫌な顔をしている人はいない。
患者を抱えてベッドからベッドへと移し替える力持ちの天使もいる。
そして給料は決して多くはなさそうだ。
ついでに観測すると、昼にも食事は外に出られない。急患に備えているからだそうだ。
そしてほとんどの看護婦が嫌な顔もしないで、笑顔で患者に接している。
本当に私は天使だと思った。本当ですよ。
ぜひ、この何分の一でも娘や会社の女性にあったらなあ。(これは訂正せねばならない)
2つ目は、この大変さで看護婦の不足を嘆く病院がこのような言葉で祭り上げているのも事実ではなかろうか。
3つ目は、看護婦にも仕事に誇りを持っている人が多かったのも事実である。
これくらい看護婦を持ち上げなくても、結構美人が多い。それこそ私には天使に見える。
閉じ込められた病室で唯一接する看護婦のなんと奇麗なことか。
腹が減ってそれどころでない私にも楽しみの一つでした。
昔は、看護婦の待遇改善のストに少し冷淡だったが、今では一緒に旗を立ててあげるよ。



(6)退院の記

さて、絶食という地獄の苦しみが11日続き、ある日先生が言う。

「炎症反応がなくなったので、明日から食事を出します。」

「やった〜」

大学入試と就職試験に合格して以来の歓喜の声を上げる。
今晩寝ると明朝は飯だ。まるで遠足を控えた小学生のように眠れない夜を過ごし、朝を待つ。
昼はうとうとと、寝ているのだから眠れなくてもよいのだが、...
そして、朝が来た。朝はどこから来ても良い。
6時の起床の放送とともに毛布を片づけ、歯を磨きその時を待った。

「そう言えば箸がないな。買ってこよう。」

売店の開店とともに、ついでにナイフも買う。

「いつか隣にりんごが出ていたからね。」

そして、ついに、とうとう、とても美人の看護婦さんが朝飯を持ってきた。
隣人でなく、私にです。
そう言えば、隣はすでに退院していたっけ。
盆の上には3つの茶碗が乗っている。飯の茶碗には白っぽいスープのようなものがある。
牛乳を薄めたような透き通ったもの。これがご飯です。重湯という。そして味噌汁茶碗には水が入っている。

「え、水」

いや、スープでした。水に塩味をつけたようなものです。そして、3つめのコップにはジュースが入ってます。どれも大変美味しかった。

「えっ、箸ですか。?使いませんでした。」

慎重に、ゆっくりと、味わいました。まったりとしていて、それでいてしつこくなく、材料の心を汲み取っているような調理法でした。
この食事が2回続いて、次は、3分かゆ、次の日は5分かゆで次の日は、会社が心配で、いや、自分の席があるか心配で退院を申し出る。

「ああ、いいですよ。」

あっさりといわれる。

「は〜い」

かくして、めでたく退院となりました。明日は日曜日、大安です。
社員の結婚式の招待がありました。ソラリアホテルだからフランス料理かな。


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