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妻に用事あり <5> (13)手術決意の記 「わからん、わからん」 今日ベンケーシー先生が来て 「先日の検査の結果異常はない」と言う。 「癌は」 「ない」 「本当ですか」 と医師を疑う。中々本人には言わないものだ。 「では一体なんですか?」 「内科の診断もお願いしている。」 とのことで尻からカメラを入れる。大腸から小腸までカメラが通る。大変痛い。 腸の中をテレビに映している。ピンク色だ。大変奇麗な腸だ。 実に40日に亙って何も食べていないのだ。 奇麗なはずです。体重も14kg減った。出ていた腹も凹みスマートになった。 内科の先生が手術の必要はないと言う。 外科の先生は手術は必ずしも必要ではないと判断するが外科としては 「切った方がいいが、切れば今回の所は治るが今後起きないと保証はできない」 とのよく解らないご託宣。 「前に聞いていた胆石は取ったほうがいいですか?」 「いずれは切らなければならないでしょう」 「それじゃあ、すっぱりやっておくんなませえ」 と言う訳で本業の病気より、胆石のついでに腸を開けてみるような具合になった。 自分で言い出した癖に、いざ手術となれば怖い。同意書に判を押し、覚悟を決める。 準備する物として、着物タイプの寝間着を3着、おむつ沢山、T字帯などを購入する。 いよいよ来週だ。ベンケーシー先生は診察の時、私の腹のパイプを抜きながら、手を動かしている。 胸の下あたりから、臍を回り道しながら、急所まで指で線を引いている。 どうもどのように切るか考えているようだ。何と無く手の位置が臍の周りで迷っている。 相変わらず腹に空いている切開の傷口は風に染みる。まだ膿が出ているからだ。 でも随分少なくなってきた。すでに1ケ月以上絶食し、腹の脂肪も少なくなり、切り易くなっているだろう。15年前に盲腸を切った時は、腹が出ており、メスを入れると脂肪の真白い液体が飛び出て、ぬるぬるとして遂には、医師が盲腸の位置が分からなくなり、たかが盲腸の手術で全身麻酔、6時間の手術になったが、今回はその時より脂肪がないので安心だ。 手術前日、遂にその時が来た。そうご存知の通り体中の毛を剃るのです。 (14)毛を剃るの記 明日は休みだという前の夜、風呂に入って一番いいのは、髭を剃らなくてもよい事だ。 日頃めんどぐさがりやで、不精な私としては、 「誰か髭をそってくれ」 と言いたい。しかし、手術にあたって体の毛を剃る。脇の下から、ほんの僅かな胸毛そして、産毛、それからかなり濃い体毛、これを看護婦に剃ってもらう。 ふだんなら「いいじゃないか」と思う事もいざとなれば恥ずかしい。 これは多分かなり年の看護婦が言い換えればベテランが担当する筈だ。 そして当日、緊張する。もし勃起すれば恥ずかしい。 当日来たのは、23歳の大変可愛い看護婦だった。これは恐れていた事が起きるかと...最初は胸を剃る。少し痛い。 どちらも緊張していて少し切った。血が滲む。 「ごめんなさい」 「大丈夫」 という白々しい会話。胸毛を剃る。そして愈愈臍の周りから下の方に行く。 看護婦の手が息子に触れる。最初はびくっとする。 その後は平気になった。しかし、我が息子は恐れていた事はぜんぜん起きず萎縮している。 「おい、これも恥ずかしいではないか、少しは元気になれよ」 然れども何の反応もなく、遂に厳粛な式は終了した。 その間90分。長いような短い時間であった。 こうしてすべての準備が終わった。ベテランの看護婦がその後来て曰く。 「昔は玉玉の後ろまで剃ったのよ」だって 「そう残念だったよ」 いや笑い事でなく、真面目でした。さて、手術室の担当看護婦が来て、諸注意をする。 肩からと左手に点滴を注入し、注射した後で移動用ベッドに移る。スッポンポンになり、手術着に着替えて、看護婦の付き添いのもと手術室に入る。 無影灯が眩しい。麻酔が始まる。 「1.2.3...」 そして何も解らなくなった。 (15)目覚めの記 「彦島さん」 と呼ぶ声が耳元で幽かに聞こえてくる。 「もう朝か、まだ眠い、猛烈に眠い、起こさんでくれ」 と答えようとするが声が出ない。なんども呼ぶ声に漸く意識がはっきりとしてきた。 「は〜い」 という返事をする。 「○○きましたよ」 「そうですか〜」 「吃驚したよ」 「そうですか」 という会話の後で再び深い眠りにつく。 頭が重い、変な朝だ、自分はどこにいるのだ。 「ここは何処」 「ICUですよ」 ああ、そうか自分は手術したんだっけ、そういえば痛い 「何処が」 背中が痛い、腹が痛い、鼻が痛い、そう腹を切ったんだ。 しかし、どうしてあちこち痛いんだ。何やら体中が紐みたいなもので繋がれている。 後で調べてみた。 @肩から栄養点滴 A左腕から抗生物質 B鼻から胃液分泌用 C口に酸素呼吸 D右手に脈拍 E胸から心電図 F腹から膿排出用の3本、 そして胸から心臓が止まった時に連絡するためのもの合計10本だった。 腹が痛いのは22cm切ったからだが、胃が苦しいのは鼻から胃の中に直接ホースを入れ胃の中の廃液を放出するのだそうだ。 そして背中が痛いのは、床ずれである。これが最後まで続いた苦しみだった。 傷の具合で横を向いて寝られないので、上だけを向いて寝ている。ずっとである。 上を向いて歩こうという歌があるが、寝返りが出来ず上だけを向いて寝るのは苦痛である。 寝ていれば楽だろうって、とんでもない。大の大人が泣きそうに痛いのだ。 腹の傷口なんてちっとも痛くない。朝も昼も夜も上だけを向いて寝ている。 早く、この地獄から出たいよ。明くる日に自分の部屋に帰った。 その時気づいたのだが、11本目の管が出ていた。 それも大事な息子からビニールパイプが直接出ているではないか。全自動小便垂流し装置。 自動的に、しかも必要な時に必要な分量だけ出るようになっている。 ベンケーシー先生が来て曰く。 「思わず笑いましたよ。まさかあんなものが」 < とんだ 八郎 >
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